暮らす西成~大阪市西成区あいりん地区に潜伏する

住所不定無職。大阪市西成区のあいりん地区で働きながら生きていこうと思います。アンダーカバーか、ミイラ取りがミイラになるか。

「お金をくれませんか?」〜西成で出会った人

無心する人

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赤くライティングされた通天閣をうしろにして、スパワールドの大階段を降って、ホテルに戻ろうとしている時。
男性に声をかけられた。

「あのー。ちょっとお話いいですか?」

年齢にして50代後半くらいだろうか。ベタついた感じの長髪は乱れていて、痩せて血の気がない顔色。無精髭に、右頬に大きなホクロ、落ちくぼんだ頬に角ばった頬骨が浮き出ている。背丈は160くらい、上下黒のジャージ姿で、カバンひとつ手にしていない。男性は歩道の真ん中で、上半身をコチラに乗り出して、さっきまで全力疾走でもしていたかのような息づかいで、言葉を続けた。

「ホントに申し訳ないんですけど。今、お話していいですか?」

「はい」

「じつは、この4日間なにも食べていなくて。ホントなんです。とにかくお腹が減っていて」

「はぁ」

「もし良かったら…」

「どうすればいいですか?」

「ホントになにも食べていないんです」

「お金が必要ですか?」

「もし、良かったら」

ここまで聞いて、正直、嘘っぱちだろうと思った。おそらく、西成に来ていなかったなら、このあたりで話を断ち切って、その場を去っていたはずだ。ただ、男性の目にはおよそ見たことのない切迫感が滲んでいたことも事実だった。

 

「いくら必要ですか?」

「1000円くらい、もらえたら」

「んー、お金を渡すのはちょっと抵抗があるんで、あそこのコンビニでなにか買ってくれていいですよ」

「コンビニは高いので、〇〇屋(よく聞き取れなかった)という店があるので、そこで」

「そこは飲み屋ですか?」

「いや、お弁当屋さんで、惣菜がひとパック150円くらいで、安く買えるんです」

「そうですか。その店は近いんですか?」

「いや、遠いです」

「じゃあ、コンビニにしましょうよ。好きなもの買ってくださいよ」

「でも、その〇〇屋なら、もっと多く買えますし」

「んー、そこまでお付き合いするのはイヤなので」

と、そこまで話したところで、突然、第3の登場人物があらわれる。

 

「おっちゃん、まだおったんか?」

コンビニの袋を手にした男性は、いつの間にか、僕と声をかけて来た男性を同時に見やる位置に立っていて、ぞんざいなまでの口ぶりでそう言った。
髪をキッチリと七三に固め、ブラウンのダウンベストを着込み、ボストンタイプのメガネをかけ、使い捨てではないグレーのマスクをした第3の男は、汚いものでも見るように、黒いジャージの男性を睨みつけている。

 

ああー、常習犯なのかな。ジャージの男は。こうやって金を無心している人。

 

「この方、ご存知なんですか?」メガネの男性に聞いてみる。

「この人ね。昨日も一昨日も居たんですよ。私も声をかけられてね」メガネの男性は、ジャージの男に向き直り、持っていたコンビニ袋を差し出した。

 

「あんた、コーヒー飲める?そこにサンドイッチとおにぎりも入ってるから。食べてよ」

ジャージの男は、へたりこむように縁石に腰を落として、コンビニ袋の中身を確かめる。

「ありがとうございます。いただきます」

「体に気ぃつけや。ゆっくり食べり」

ジャージの男性は、勢い込んでサンドイッチの包装を解き、無言でお辞儀を繰り返している。


踵を返して、歩き出したメガネの男性に話を聞く。

「お金と言われたんですけど、現金を渡すのはイヤだったんです」

「そう。私もね、一度家に帰ってカミさんに話したら、お金は絶対渡しちゃダメって。だから食いもんをね」

「あなたも声をかけられたんですか?」

「一昨日も昨日もね。ずっといるから、気になって」

「お近くの方ですか?」

「いや、私、兵庫県から。このあたりには通勤で」

「仕事帰りですか?」

「一度帰ったんですけど、なんや気になって。そしたら、あなたと話してたから。まだ、やっとんか!と思って。そこのコンビニでパン買ってきたんですわ」

「わざわざ戻って来られたんですか!」

「なんか身なりもそんなに汚くないでしょ。なにがあったんか知らんけど、食べてないのはホントみたいだから」

「西成で仕事にあぶれちゃったんですかね」

「今のご時世ね。いろいろあるんでしょ」

「なんか、すみません。僕が声かけられてたのに」

「いやいや、どうしても気になってね。自己満足ですわ。それじゃ!」

メガネの男性は足早に地下鉄の階段を降りていった。もう一度、兵庫県に戻るのだろう。
イカしてる。自己満足でいい。少なくとも、ジャージの男性は、久々に腹を満たすだろう。いったい何人の通行人に声をかけたのかわからないが、根本的にはなにも解決していないだろうが、少なくともジャージの男性は今日、食事にありつけた。

なんだか、僕は何もできず、突っ立っているだけだった。
どうすれば良かったのかわからない。1000円札を渡せば良かったのだろうか。無理矢理、コンビニに連れて行けば良かったのだろうか。無視して、立ち去れば良かったのかも知れない。
ただ、それならばいつもの毎日と同じ。ややこしそうなことに首を突っ込みたくて、ありきたりの人間関係ではない関わりを持ちたくて、僕は毎晩、西成に来ている。

今晩、出会ったのはこんな人たちだった。