西成ホテル探訪・九日目
もう22時を大幅に回った金曜日。僕は大阪メトロ堺筋線に乗っている。いくら「8時受付終了ルール」が絶対ではないことがわかったからといって、流石にこんな時間から宿を探すのは困難だろう。
ということで、今晩は、新たな選択肢
「映画館」
に乗り込んでみます。こんばんは!
いつもの「動物園前」ではなく、ひとつ手前の「恵比須町」で下車。本日のライトアップを終えた、通天閣ザ赤信号を見上げながら、今夜の寝ぐら
「新世界国際劇場」
に到着。
新世界国際劇場は、いまも味わい深い手書き看板の伝統を守る弐番館。ロードショーを終えた準新作的な扱いの作品を三本立て・入れ替え無しで提供してくれる映画館。
僕も東京に居た頃には、浅草や新橋で「この手」の映画館に行ったものだ。
地下ではポルノが上映され、一階では洋画が上映中。地下に行くのはアレなので、一階に行く。最後の上映回が終わるころには、翌朝5時半になっている。完全にココで一泊モードです。
さきほど「この手」の映画館とカッコ付きで記したのには理由があって、この手の映画館はいわゆる「ハッテン場」としての機能も持っているから。
ゲイの方々の出会い・交流の場ともなっている。多分。
かつて訪れた浅草も新橋もそういう機能を有していた。しかし、いずれの劇場でもオールナイトの深夜通しを経験したことはない。ドキドキ感がある。
まず、僕の性自認は一応ヘテロセクシャルなのだが、とくに同性愛を嫌悪する気はない。性自認なんてあやふやものでもあるし。自由だし、勝手だ。ただ、いまだに映画館で出会わねばならない理由がわからなくはある。いくらでも他の手段があると思ってしまう。
「人探し厳禁!」
という言葉の意味するところは、映画館のなかで確かめましょう。
女装=異性装のみなさん
次回上映開始までは15分。券売機でオールナイト=1000円の切符を買う。僕の前の人が完全に女装したオジサン。白いドレスに、小ぶりのバッグ、ウィグとおぼしき栗色の髪。
場末感のある映画館なのに、一気にチケット購入者があいつぎ、入り口に行列ができる。と言うのも、モギリのおじいさんの検温器の調子が悪いらしく、全然非接触検温ができないから。
「アレ?アレー、出ないな?」
と言いながら、最終的には手首の脈あたりに検温器を押しつけて、
「はい!大丈夫!」
と入館。液晶にまったく数字があらわれていないように見えたけど、大丈夫と言うんだから、入りまーす!僕の後ろのオジサンがやたら、「遅いね!遅いね!」と横山剣ばりに問いかけてくるので「うん!うん!」と答える。
押し出されるようにロビーに入ると、アチコチの灰皿にまわりに、8人ほどの先客が。女装の人は、先に暗闇に消えたようだ。
現代の慣習では、おおよそ信じがたいかもしれないけど、昔の映画館は途中入場・途中退場OKだった。僕もガキの頃には、途中から入って、途中まで観て、ストーリーのつじつまを合わせて映画を観たもの。ヒッチコックやシャマランには怒られそうだが、刑事コロンボや古畑任三郎なら、むしろ時制を整えられて好都合かもしれない鑑賞スタイル。
ロビーには、所在無げにタバコを吸うオッサンだらけ。と思いきや、ハーフっぽい女性もいる。彼女を中心にチューハイ片手の軽い宴会模様。今、かかっている映画が終わるのを待っているのか?皆ロビーで談笑中。
結果的に言うと、このときロビーにいた人たちは、劇場内には入ってこなかった。1000円払って、居酒屋がわりなのか?なにか深い理由があるのか?は、わからなかった。
ここで待っていてもしょうがない。僕は眠るために来た。『ホーンテッド 世界一怖いお化け屋敷』の上映中に場内へ。
新世界国際劇場には二階席がある。最近のシネコンとかには無いですね。二階席の最前列に陣取る。斜め後方には、すでにいびきをかいて寝ている男性。二階席左側には、新たな女装の方2人がお菓子を食っている。二階席から下を望むと、5.6人の男ばかり。先ほど入り口で一緒になった白いドレスの女装の人は最前列左手に座ってスクリーンを見上げている。
ものの3分もしないうちに、「人探し厳禁!」の意味がわかる。上映中もみな、ひっきりなしに席を移動する。なかには、両側の通路から一切スクリーンを見ることなく、客席を凝視しているオッサンもいる。そして、誰もが一旦最前列まで足を運んで、客の顔を確かめ任意の席に移動。しばらくすると、また移動。僕の背後の通路も、せわしなく人が行き来していく。映画なんか観てる人、一人もいないんじゃないか!
物色の果て
ロビーの方からは、先ほど見かけた集団の笑い声。歩き回るオッサン。デンと構える女装。ごく2人くらいしっかり映画を観ている人。眠りこけている人。
と、最前列に座っている白いドレスの女装に近付くオッサン一人。ひざまずいて何やら話している。物色→交渉の流れだろうか。
もう、僕もまったく映画は観ていません。あの交渉がどうなるのか?気になってしょうがない。
どうやら交渉決裂!すごすごと後ろの席に移動するオッサン。白いドレスの女装は、またスクリーンを見上げだした。
便所に行く
ここで、一本目の映画が終映。館内に灯りがともる。
虎ロープで豪快にソーシャルディスタンスを作りだしている。検温もしていたし、コロナ対策もされている。ただ、『鬼滅の刃』でもかけない限りパンパンになることはない劇場だと思う。『鬼滅』かけてもパンパンは無いか。
映写される明るさが少し足りないとは思うけれど、立派に映画を観られる小屋だと思う。集中して映画を堪能できる環境ではないけれど。
ここで館内見学。おそらく、いろいろなことが行われているであろう男性トイレへ。
でもでも、想像していたよりも 全然キレイ。
ただ、個室にこんな落書きはある。
んー。
その辺の公園のトイレに同じような落書きがあっても、どうということはないけれど、この場所に書き込まれているとリアリティが違う。
合間の時間が10分ほど取られているのだが、通路のすみずみまで劇場の人が掃除にやってくる。ちゃんとしてる!と言うべきか。掃除するべき汚れが出やすい、というべきか。
「暴力行為はおやめください」
というアナウンスが流れる映画館も、ここ以外そんなにないだろう。「前の座席を蹴らないでください!」レベルじゃない。映画館における迷惑行為とは何か?考えさせられる。ちなみにアナウンスの女性の声はテープが伸びたようなか細さであった。
また暗闇が始まる
次の映画は『ディヴァイン・フューリー/使者』。エクソシスト系の韓国映画。感想は述べられない。ガラガラなのに、僕の真後ろに座ってくる使者や、近くに座ってコチラの表情をのぞき込んでくる使者が次々にあらわれたからだ。とは言え、みなさん誰でも良い、という訳はない。僕のような、40がらみのデブは相手にしないはずだ。
もう、なにがあっても映画を観に来たんだ!とスクリーンを凝視していた。
違う。寝にきたんだけども。
一瞬、寝落ちして映画の効果音で目を覚ますと、背後に人の気配がして、少し経つとまたその影は歩き出していく。そんな連続だった。
映画館の暗闇は、自分とスクリーンとが共犯関係を結べる心地よい時間。そう思って映画館に通ってきたのだけれど、新世界国際劇場の暗闇はひとつ違った趣がある。
寝られないなぁ。
視界の隅でうごめくもの
この映画の途中二階席右端で、どうやら交渉がまとまったカップルがいたようで(片方は女装の人)。2つの影がひとつに混ざって、ときおり「アン!ヤン!」みたいな声も漏れだした。いやあ、『ディヴァイン・フューリー/使者』くらいの映画強度では、現実の新世界国際劇場の興味深さの方が数段上。見ないように、見ないように。でも、気になってしまう。
やがて、なんらかの結末があったようで、女装でない方のオッサンは足早に館外へ出ていった。
この辺まで来ると、なんとなくこの環境に順応している自分に気付く。ちょっと不穏なことはあっても、「暴力行為」なんて行われないだろう。寝ます!
寝ても覚めても
このあと『ストレンジ・シスターズ』という姉妹のデーモンハンターもの。改めて最初っから『ホーンテッド 世界一怖いお化け屋敷』を観た。観たつーことは、寝てないんじゃないか。正解です。前者はタイにおける妖怪の存在感知れて興味深かったです。
やっぱり、あんだけしょっちゅう人の動く音がすると熟睡は無理。しばしば、目を覚ましてしまう。椅子のサイズも昭和基準で小さくって、ガバっとリラックスできないし。少し寝落ちしては、パッと目を覚ます、の繰り返し。同じ列のオッチャンはよく寝てた。
映画も睡眠も中途半端。やっぱり、映画館寝には無理がありました。
5時半の終映。
館主さんが
「ありがとうございましたー」
と大きな声で、まだ館内に残っていた我々を起こしてく。結局、女装の人は何人か最後までいたな。楽しい金曜日だったろうか。
劇場を出ると、館内では認識できなかった女装の方に、
「お茶でもどう?」
と声をかけられる。ごめんなさい。遠慮しておきます。家帰って寝ます。
ここで、いっしょに行けば、もっとおもしろいことあったかも知れないのに。ジャーナリズム精神よりも、睡魔に負けた、身体バキバキ。ごめんなさい。
家帰って、めちゃくちゃ寝ました。
新世界国際劇場
宿代:¥1000
昭和の座席サイズ/トイレ/いろんな騒音/喫煙場所多数/暖房バッチリ/自動販売機/映画館で寝るのは無理がある
清潔度 ★★★
フロント★★
サービス★★
価格 ★★★
総合 ★★
食費
サンガリア・すっきりマンゴー 50円
サンガリア・すばらしい麦茶 100円
西成に落とした金額
計:1150円