西成ホテル探訪
あいりん地区には安宿が点在しているが、太子交差点を渡った先のエリアには安宿が固まったゾーンがある。
その一角に軒を構えるのが、
「ホテル 太子」
「太子」の読みは「たいし」。明太子のほうではなく、聖徳のほうで。
1250円と変に刻んでくる価格設定。
受付には親父さんがおり、宿泊したい旨を伝えると、
「エアコンないけどいいの?」
と、逆サイドに推してくる接客。
この時は、3月上旬であったので、まだ寒い折。
帳場の奥からは、女将さんも現れ、
「観光?ここで大丈夫?」
と、更にリバースキャンペーンを重ねて来られる。
「いえ、西成で働くので」
と答えると、
「へー!頑張ってね!」
と、励ましてくれる。
ちょっと無愛想な親父さんと、明るい笑顔の女将さんのコンビネーションが効いている。
エレベーターはなく、保証金の1000円と引き換えに鍵をもらい、下駄箱に部屋別に指定されたスリッパで中へ、階段を登る。
館内は清潔さが保たれている、昼間だからか、明るいし。
しかし、夜は少しの音を立てるのも憚られる空間に変わったのだが。
3泊したが他の客とは全くすれ違わなかった。
おそらくこの部屋がたまたまそうであった、というだけだと思うが、窓際の柱が気になる。
何だか、渋谷クラブクアトロの、ステージへの視界を遮る悪しき柱を思い出したが、柱の向こうでパンクバンドが演奏しているわけでもないので、全くOKである。
柱を邪魔っけによけながら、窓を開け放っても見えるのは隣の安宿の様子だけだから、全くOK。
テレビにコンセント、ハンガーという最低限が三畳一間にパッケージ。
小机が存在するのがヒットポイントだが、残念ながらWi-Fiの影も形もないので、パソコン作業には使えない。
でも、飯の時便利よね。
想像以上に、万年床の上に弁当を拡げて食事するのは敗北感が強いものだ。
部屋全体及びシーツにも清潔感アリ。十分、熟睡体制。
西成安宿特有のヤニだらけの壁もない、何となくモデルルーム感があった。
あくまで、西成安宿のいい方のモデルケースだが。
入り口の扉のガラスには目隠しが施されている。
前言撤回、こんなモデルルームはない。
しかし、この目隠しは最低限のプライバシー保護の観点から重要なブツ。
たとえそれが、二種類のガムテープによって装着されているとしてもだ。
各階のトイレは和式。トイレの前には調理スペース。
贈呈品の大きな姿見も。
鍋釜の類いや洗剤、スポンジもあり生活感が漂っている。
廊下には掃除道具。
踊り場には、西成生活の心を満たすコミック群。
『蒼天航路』『ああ播磨灘』『鬼平犯科帳』
この日眠る前に、布団カバーを確認したら「桂由美」ブランドであった。
新婚初夜気分を高めてくれる。新婚初夜だったとしたら。
カチッ、カチっと段階的に照度をコントロールしていくタイプの照明。
この全消の一歩手前の橙色の灯りを我が実家では「夕焼け」と呼んでいました。
「もう、消すよー」
「いや、夕焼けにしといてー」
といった会話を母としていたものだ。
なんか、泣けてきた。何丁目かの夕日だかなんかのイメージ。
「ホテル 太子」全体が昭和感に包まれている。
この日、夜になって宿に戻ると部屋に、追い毛布と電気あんかが置かれていた。
ぶっきらぼうだが優しい宿のご夫婦である。
「暖かかったです。ありがとうございました!」
と翌朝、伝えたら
「ああ、うん」
と、あくまで親父さんはマイナスプロモーション上等であった。
最終日に時間ギリギリまで部屋でグズグズしていたら、いきなり扉が開け放たれ、女将さんが登場。
「あらー、まだいたのね。ごめんごめん。いいよ、まだまだ居てね!」
と、一陣の風の如く去っていった。
相手はマスターキー持ってるからな。裸じゃなくって良かったス。
とっつきにくいけれど、ご夫婦の人柄が反映された質素だけど満足できる宿でありました。
ホテル 太子
宿代:¥1250
三畳/コンセント2口/トイレ共同/布団/鍵(保証金1000円)/内鍵/喫煙/灰皿/小机/収納ボックス/一泊OK/ハンガー/フック/ガスコンロ共同/液晶テレビ/窓/漫画多数/ご夫婦の優しさ
清潔度 ★★★
フロント★★★★
サービス★★
価格 ★★★
総合 ★★★