西成ホテル探訪・十九日目
もう、もう寒空の下むやみやたらに、歩き回りたくはない。
ということで、事前に楽天トラベルで予約。
「宿 末盛」
じつは、この安宿は以前一度訪ねてみたのだが、飛び込みではダメ、ネットから予約してくれと言われた。ので、実施。
以前、楽天トラベルから予約した「ビジネスホテル 加賀」と同じく、銭湯入浴無料券が付いてくる。
銭湯の番台とホテルの受付を同時にこなす訳にはいかないので、当然宿の方はガラ空きになる。こんな貼り紙。徒歩15秒。従う。
銭湯の番台でチェックインする
「末盛湯」
なんとなくモリエールと語感が似ている。だから、どうだと言わないで欲しい。
男湯から入って宿泊の旨を告げる。
番台には、70代くらい眼鏡をずり下げてスマホをいじっているオヤジさん。
「はいはい」と、ビニールケースに入った書類を取り出し、
「それじゃ、コレ。部屋は313ね。くっつけてる銭湯券、ピリッとはがして持ってきたらお湯入れます」
ピリッと、の言い方がこなれている。
奥の女湯の方から、奥さんらしきお母さんも声をかけてくれる。
「朝もね、6時半からやってるから、朝入ってもいいのよ。好きな方でね」
優しい。そして、カギの保証金説明をオヤジさんが。
「宿代は1400円。カギの保証金が1000円で、2400円ね」
ここで、最近覚えたテクニックを披露することとする。
「明日、朝5時頃出ちゃうので、カギ返せないですね」
こういう交渉をして、吉と出れば、ならカギは部屋に置いといてー
凶と出れば、ならお前はカギ無しだよ!盗難の恐怖に震えて眠ればいいさー
となる。
今回は前者。
オヤジさんは、ちょっと不服そうだったが、お母さんが奥から助け舟を出してくれて、
「それなら、部屋の机の上に置いておいて!どうせ、10時には掃除に入るからね」と。
どうも、どうも。銭湯に行くのに、施錠しないのは少し不安なので、ありがたい。
しかも、
「そんな朝早いなら、今日ゆっくりお風呂入んないとね」
と言い添えてくれた。再び、優しい。
「それじゃ、後からお風呂貰います!」
と告げて、15秒先の宿に戻った。
監視の目の無い宿
受付に人が居ないとなると、ほっとかれてる感が無くはないが、気が楽でもある。このスタイルで宿経営が維持できているということは、さしたる問題もないのだろう。
シャッターが降り、無人の「フロント」の他に1階には、自販機とコインランドリー。
建物自体は5階建て。最上階には、小さなベランダ状のスペースがあった。整然として薄暗く、古い団地のような雰囲気。トイレの大は和式だが、清潔さは保たれている。小便器の朝顔の下に新聞紙が敷かれているのは、掃除の簡略化のためだろうか。
各階に電子レンジもあった。
このエレベーターが、不安を覚えるほどゆっくり動き、扉が開くと「ンビーッ」とけたたましい音をたてる。下痢気味のベーターであった。
あのご夫婦2人で、宿も銭湯も、となるとかなり大変そうだ。もしかしたら、部屋の掃除が行き届いていないかも…と、気になったが最後、駆け足で今日の寝ぐら「313」へ。
清潔で快適
んなこと、まったく杞憂であった。すみませんでした。
キレイな布団、底冷え対策のマットレス。まだ、新しい畳。すでに電源の入っている冷蔵庫。背の高いクローゼット。申し分なく効く暖房。しっかり拭かれたちゃぶ台。
そして、なによりポイントが高かったのは、このゴミ箱にかけられたレジ袋。
西成安宿には、1000円以上ならば、たいていゴミ箱はある。
しかし、何故かゴミ袋がかけられていない。生のままひとしきりかじったリンゴとか、どうやったって最後まで甘い液を吸いきれないパピコとか捨てる気にならない。
不思議だ。ゴミ箱とゴミ袋がニコイチだという意識があるからだろう。
ちなみに、もちろんリンゴもパピコも、まだ西成安宿で食べたことはない。
その点「宿 末盛」は、ゴミ袋がかけられているので、安心してゴミを捨てられる。すばらしい点だ。そして、当然ながらその袋は「スーパー玉出」のレジ袋であった。ふさわしい点だ。
室内の液晶テレビは良好に点くが、イヤホンがデフォルトでぶっさしてある。まあ、ほとんどのテレビ番組は、字幕以下画面の情報量が厚いので、無音でも充分である。
今日は、どうやら金曜ロードショーで『パラサイト/半地下の家族』が放送されるようだ。たまには、テレビサイズでコマーシャルの入る映画を観るのもいい。その前に風呂っす。
ひとつ気になったのは、部屋の外側上部に取り付けられた、パトランプ。
一体、いつ点灯するんだろうか。この小さなランプが赤く点灯するような事態って、なんだろう。
ひとりきりの大浴場
15秒で戻って「末盛湯」へ。ピリッとはがした入浴券を持って。番台には、先ほど話したオヤジさん。もう、お母さんはいないようだ。
僕の先にはご老人2人だけ。女湯からも声も、音もしない。やがて貸し切り状態になってジェット風呂を満喫。そう言えば、関西の銭湯には銭湯画、壁画がない気がする。東京の銭湯には富士山が定番だけど。
しこたまあったまって、着替える。
「今日は、空いてますね!」と番台のオヤジさんに話しかけてみる。
「そうね」
「いつも、こんなもんですか?混むのはもっと早い時間です?」
「どうやろ。こんなもんかもねぇ」
「宿もお風呂もだいぶ長くやられてるんですか?」
「銭湯の方が長いよ。宿はそんなに」
いまいち盛り上がらない。コミュニケーションとカンバセーションを盛んにしていきたいのに!そこで、話題転換。
「ここは、壁の風景画とかないんですね。あれは東京だけですか?」
「どうやろ。確かに、大阪ではあんまり見ないね。あれを描く人も減ってるんちゃいますか」
「そうでしょうねぇ」
「一回描いたら、終わりじゃないから。描き直ししていかなならんでしょ。だから、大変やわね」
残念ながら、僕の貧弱な会話術では、ここまでが限界であった。
アイスを買って、無人の脱衣場を眺めながら食う。
「ありがとうございました」
「はい、よろしくー」
明日は「西成で働く」セカンドチャレンジに挑みたい。早めに床につこう。
部屋に戻るともう21時を回ってしまっていた。『パラサイト/半地下の家族』は、サイレント
でも充分楽しめた。劇場公開時に、3度観たからだが。
この映画のソン・ガンホは、自分にこびりついたニオイ。半端に貧しく、子悪党である己の発するニオイに起因して凶行に及んだのだったな。明日1日働いたら、また僕も誇らしくかぐわしい労働者の香りをまとうだろう。
リスペーークト。もう、寝よう。
宿 末盛
宿代:¥1400
三畳/コンセント3口/トイレ共同/布団(マットレス)/鍵(保証金1000円)/内鍵/喫煙/灰皿/小机/一泊OK/ハンガー/フック/電子レンジ共同/テレビ(地上波のみ・強制イヤホン)/カーテン/個別空調/ゴミ箱(袋つき)/窓/コインランドリー(1階)/銭湯無料券(6:30-23:30)/エレベーター/自販機/クローゼット/冷蔵庫/棚
清潔度 ★★★★
フロント★★
サービス★★
価格 ★★
総合 ★★★
食費
ハッシュドポテト 100円
ファミチキ 180円
森永・バニラモナカジャンボ 140円
西成に落とした金額
計:1850円
<追記>
翌朝は、「西成で働く」ために4時には起きるつもりだった。
実際、起きた。
そして、二度寝した。
あろうことか、三度寝までして起きたのは7時。
昨日、番台にいたオヤジさんはこの時間からコインランドリーの掃除をされていた。
こんな時間では日雇いの「現金」仕事はもう無いだろう。
「仕方ないなぁ」思わず口角を上げているであろう自分に気付く。
あいりん地区内の喫茶店でモーニングでもかまそう。
その前に、「どろぼう市」でも冷やかしてみるか?と、歩を進めたら…、
「現金行かんか?」
と声をかけられた。
信じられない。信じたくない。
けれど、スカウトされた以上、行くしかない!
一応、予定通りだけど、想像もしなかった形で
「西成で働く・2日目」がスタートした。
ボロボロになった西成労働の模様は、次回につづく。