暮らす西成~大阪市西成区あいりん地区に潜伏する

住所不定無職。大阪市西成区のあいりん地区で働きながら生きていこうと思います。アンダーカバーか、ミイラ取りがミイラになるか。

西成で暮らす。106日目「人扱いされたい」

2021年6月17日。

すっかり現場仕事を放棄して、web周りのクリエイティブなコンテンツ創作みたいな横文字の営為に関わって、ぬか喜びしとる竹下がいる。

そんなこっちゃイカん、如何ともし難く、具体的に実相的に泥だらけになって身をすり減らすのが西成生活の本懐。

しかし、この時の現場仕事は最悪だった。
思い出したくない。思い出したくもない。思い出すけども。
仕事内容というより、「人」がね。かねがね「人」ですよ、畢竟。

午前3時に起床し、3時15分には宿を出る。
普段はノートパソコンを忍ばせている防水の小ぶりなバックパックに、ヘルメットや長靴を詰めて。

f:id:stolenthesun:20210925233755j:plain

f:id:stolenthesun:20210925233803j:plain

旧あいりんセンター近くの、手配師ぎょうさんゾーンまで歩いていく。
ところが、その手前、ローソンのある交差点で早くも声をかけられる。
懐かしい感覚。求められたのね、私!

「仕事あるよ。生コン

生コン
何という空恐ろしい響き。
コンクリート詰めにされて、大阪南港に捨てられるイメージが浮かぶ。固められた俺。誰にも顧みられる事なく海の底に沈んでいく俺。

「経験無いんですけど、大丈夫ですか?」

「ゴム長ある?なら大丈夫やわ。車乗っといてな」

小さめのワゴン車には、すでに3人のお仲間がおり、皆シートに深く腰を下ろしている。
暗闇の黒さで誰の表情も見えない。

「おはようございます」

暗闇にうっすら覗く物体から、「おう」と、一つ返事が聞こえる。

しばらくの間。
ドナドナド〜ナのメロディを頭の中でリフレインさせながら、車の出発を待つ。

まだ3時台であるから、この時間に拾われたということは現場はかなり遠い可能性が高い。
も少し、見て回ればよかっただろうか?
でも、もう船には乗りかかってしまった。

f:id:stolenthesun:20210925233737j:plain

いつもながら、現場やそれまでの工程の写真は撮れないことが多い。
寒い時期なら、スマホ上着のポケットに忍ばせて、パシャリとやれるのだが、ロンT一枚で仕事する際には、ポケット内のスマホも、財布も邪魔である。
よって、上記の無音カメラで、待機している車内から撮影したオンリーワンの画像で、延々テキストです。
ご了承のほど。

長い移動、ささやかな朝食

僕たち今日の人足4人を乗せた車は、4時前に西成を出発。
小一時間ほどのドライブ。大阪の西の端っこまで。

三階建てのビルに着き、順に降車。
一人だけ、待機場所に背を向けて歩いていく。コンビニでも行くのだろうか。

「中で飯食ってな」

ガレージの奥にある事務所に入り、期待のブレックファースト!
は、期待外れであった。
生卵無いの?卵かけご飯無いの?
無かった。

ネギが数切れ浮かんだだけの薄い味噌汁と、ハムエッグにキャベツ、ふりかけをかけて白米を食べる。「のりたま」を選んだけれど、違うんや!生卵が欲しいんや!

あっという間に朝食は終わり。

「あれ?一人おらんのんちゃう?どこ行った?」

調理場のオッチャンが気にしている。

「なんか向こうの方へ。歩いていきましたけど」

「あらー、ご飯いらんのんかね?」

 

「道路の向かいの駐車場で待っとって!順に呼ばれるさかいな」

促されて、移動。
消えてしまった彼は、逃げたんだろうか。見当たらない。

生コン」を教わる

それぞれが微妙な距離感で駐車場に座り込む。

僕は煙草に火を点ける。
すると、

「一本もらえる?」
「わしも欲しいわ!」

と一挙に人気者になる。
あげます、あげるからー。

「ありがとう。今日は、なんやろな。キツないとええな」

「僕は『生コン』と聞きました」

「おー、生コンな」

「どんな仕事です?」

「初めてかいな。あれはな、『叩き』『洗い』『筒持ち』とあってな。どれやるかで、疲れ方違うてくるで」

 

先輩のオッチャンの解説によれば、

叩き=板と板の間に流し込んだ生コンの気泡を抜き整えるために、板をハンマーで叩く
洗い=基礎と鉄筋が張られた土台に生コンを流し込む際に、突き出ている鉄筋に付着する生コンをブラシで洗う
筒持ちミキサー車から送られてくる生コンを流す巨大なホースを支える

の3パターンが「生コン」仕事らしい。

 

「まあ、筒持っとるのが楽かなぁ」

「いや、アレも凄い勢いで来るときあるからな。方向間違うたら大変や」

「なら、叩きかなぁ」

「いや、アレもどんどんコンクリが入ってくるからな。時間に追われて大変や」

「じゃあ、洗いかなぁ」

「いや、アレこそ、後ろから左官屋が急かしてきよるからな。焦ってもうて大変や」

完全に、二人のオッチャンで、生コン漫才が完成している。
結局、どれもキツそうである。

 

「アンタいくつや?」

「46です」

「アンタくらいの年の人でも、生活保護いっぱいおるで。結構、簡単に通る。たまに働けばええんよ。足りへんかったら、たまに働く。そんなもんやで。煙草もう一本くれるか?」

このままでは、永遠にモクたかりに遭うー、と思っていたら手配師に呼ばれる。

 

「その車乗ってな。それとコレ『熱中飴』持っていってな」

と、<アミノ酸配合!>とか<汗をかいたら!>とパッケージに書かれた数粒の飴玉を渡される。
熱中症対策か。そんな季節。

「それじゃ、お先です」

「気ぃ付けてな!楽な仕事やったらええな!」

もう一本煙草を渡して、生コン先生とお別れ。

聞きたくない会話

運転してくれるオッチャンも作業員のようだ。
助手席に座ると、先ほど明後日の方向に消えていた青年も同乗してくる。

「飯食わんでいいんすか?」

「ああ、食べてきたんで」

30代くらいに見える青年は、視線を落としたまま応えた。

さらに、30分ほど車は走る。
青看板を見ると、大阪府を抜けたようだ。

今日、お世話になる会社に到着。
壁の両側に作業道具が置かれ、中央のテーブルには雑誌や灰皿。
ここも、飯場のようだ。
上階から、人足さんたちが降りてきては、一服し、昨日負けたパチンコの話をし、順に車に乗り込み各現場に向かっていく。

朝食を摂らなかった青年は別現場のようだ。先に消えていく。

僕と、運転してくれたオッチャンはペアで行動。
荷物の積み込みを手伝い、ハイエースに乗車する。

僕たち以外の職人は3名。
車内では、とめどなく現場への愚痴。人足への文句。
特に、TKO木下氏がヘドロを飲み込んだようなツラをした助手席に座る30代と思しき人の文句が凄い。

「もう、あんな奴いらんで。死んだらええねん」
「使えん奴ばっかりやわ。アホらしい」
「俺は、すぐ辞めろ!言うたんや。社長にも言うたんや」
「クズばっか。時間かかってしゃあないわ」

延々と呪詛。
ずっと、人の悪口。

気分が悪くなる。
他の二人も、ヘラヘラと笑い同調している。

この日は、昼食の弁当が渡されなかったので、自腹で食料を調達せい!と、途中コンビニに寄ったのだが、後部座席のスライドドアを開けて、本当にホッとした。
車内全体が、負の空気に満ち満ちており、換気が必要だった。

今日は、こういう輩の下で働くのか…

 追い立てられるぜ『洗い』さん

現場は住宅街の一角。
マンションの建設現場。

迷路のような内部を身体を折り曲げながら4階相当の箇所まで登る。
運転してくれてたオッチャンは『叩き』
僕は『洗い』を任される。

「仕事、教えてもらえますか?」

「ああ、今から生コンが入ってくるから。それで、どうしても飛び散るんや。この突き出とる鉄筋にな。それを洗い落として欲しいねん。丁寧にやらなあかんで。ただ、すぐ左官さんが生コンを均すから。邪魔にならんように。迅速にやな」

ほぼ、聞いた通りの動きだ。
ブラシとバケツを渡され、水を汲み準備する。

生コンを流し込む直径20cmほどのホースが、クレーン車のような重機で上階まで運ばれる。いわゆる『筒持ち』はコンクリ業者が行うようだ。

洗い作業の前に、道具などの準備で、鉄筋の張り巡らされた土台を走り回ったのだが、鉄筋に足を取られる。足が痛い。
流石の私。一発、そこでコケて、膝を強打する。額も打つ。

「おいー、何やっとるんや!」

凶悪なヘドロ木下に怒鳴られる。
ああー、コレ多分血ぃ出てるな…

 

そこからは、怒涛の展開。
コンクリが補充されるタイミングでの小休止はあるが、ブラシ片手に生コンの海をかき分けながら鉄筋をこすり洗っていく。

やがて、予想された怒声が飛ぶ。

「おい、おっさん!邪魔や!」

左官屋の猛襲。
とにかく、流し込まれた生コン左官としてはいち早く均したいのである。
しかし、その前に僕は、鉄筋の汚れを落としたいのである。
そのせめぎ合い。

冷淡に眺めるヘドロ木下たち。
へぇへぇすんません!と左官屋に怒鳴られても己のタスクをこなす私。
日差しが照り付け、もう夏の気配をビンビンに感じていたが、生コンの汚れを防がんと、作業着の上から上下黒のヤッケを身に付けていたので、汗が止まらない。HA!HA!

昼食休憩で、『叩き』をやっていたオッチャンと車で少し話す。
70代で、髪は真っ白。つぶらな瞳で愛嬌のある笑顔。頬には、大きな縦皺が入り、小柄で少し足を引き摺って歩く人だった。
やっぱり歯は大方無かった。

「今は、年金で食うとるんよ。あと、新しい嫁さんがおってな。そいつの年金もあるけど、足りんからな。たまに現場来よるんよ。昔は、毎日土方しよった」

「子どもらとは全然会わんね、前の嫁さんが死んでからは。少しは心配やけど、会わんでええねん。新しいのと、息子らは合わんのんや」

「毎日、テレビ眺めて、酒飲んでるよ。他にすることあらへん」

「若い子でたまに、逃げるのんおるやろ?こんな休憩中とかにおらんなってな。何言われても、黙って5時まで働きゃええんよ。金もろわにゃ損よ。我慢したらええだけ。あと何時間か我慢したらええんよ」

やがて、オッチャンは眠ってしまった。

休憩に入ったのが12時15分あたりだったので、13時10分頃に、オッチャンを起こし、現場に戻る。

「遅いわ!アンタら!なにしとんな!さっさとせーよ!」

ヘドロ木下が怒鳴る。
ただの鬼に見える。バカの鬼。鬼さんコチラ。鬼は外。

冷たい視線を浴びながら、再び作業。
オッチャンも、叩きを終え、洗い作業に加わる。
左官屋との攻防!飛び散る生コン!照りつける日差し!
汚れるメガネ!震えるふくらはぎ!滴り落ちる汗!
だ。

酒飲んで忘れなよ

幸いなことに、コンクリが底をついて16時には作業が終わった。

ヘドロ木下は、最終盤まで、汚いモノでも見るようにコチラを睥睨していた。
まぁ、実際汚かったんですけどね、コンクリ塗れで。
「お疲れ様でした」と声をかけたけれど、無視。
今日の僕のことも、明日の現場への車中でヘドロ木下の文句の俎上に乗るだろう。
一生、くだ巻いてろ、カスが。

 

会社に戻り、オッチャンに最寄りの駅まで送ってもらう。

「今日の会社の人たち、ヒドかったですね」

「気にせん事!どうでもいいんよ、あんな連中は。もう会うことも無いわ」

「奥さんは、もう酒呑飲んでますかね?」

「ああー、飲んでるんちゃうかなぁ。ワシも一緒に飲むわ。今日みたいな日は、酒飲むに限る」

現場での「人」で言えば最悪の日だった。
もちろん、経験もなく、スキルもないコチラの不手際も多いのだが、人として扱われていない。そんな気がした。1日だけの、労働力。そこに人格を挟み込む余地など要らないのかも知れない。
身体の疲れよりも、人疲れの方が滅入った。
そんな日だった。

 

駅に付き、オッチャンが会社から預かっていた万券をいただく。

「ごめんな。汗でクチャクチャになってしもた」

「全然、だいじょぶス。ありがとうございました!晩酌楽しんでください!」

「うん。酒美味そうやな。お疲れさん」

f:id:stolenthesun:20210926014634j:plain

f:id:stolenthesun:20210926014639j:plain

f:id:stolenthesun:20210926015228j:plain

f:id:stolenthesun:20210926015235j:plain

f:id:stolenthesun:20210926015242j:plain

f:id:stolenthesun:20210926015250j:plain

書店に寄り、『本当に君は総理大臣になれないのか』『中華料理の文化史』を買って、宿に戻った。

精神も身体も痛めつけられた労働であった。

仕事内容
日付:2021/6/17(木)
場所:大阪府
現場:マンション建設現場
内容:生コン「洗い」
時間:8:00~17:00
待遇:昼食なし
給与:¥10,000

 

収入

10,000円

 

使った金額

交通費:560円
書籍:1782円
弁当:520円
コーンマヨパン:119円
もっちわ:73円
二種のチーズケーキ:124円
お惣菜・天ぷら:117円
大塚製薬・マッチ:140円
カルピス・味わいカルピス:111円
プレミアム烏龍茶:149円
タバコ・アメリカンスピリットメンソール9mm:400円

 

所持金

35,208円