2021年7月20日,7月21日
前日に連絡をもらい、今日はたまに声をかけてもらう土壌改良の現金仕事に出かける。
早朝5時、JR新今宮駅から電車移動し、待ち合わせの場所に向かう。
もう暑ちぃな、夏だな。クソ喰らえ。
「おう、竹下さん!久しぶり!」
待ち合わせの駐車場では、顔見知りの作業員の方と会い、旧交を温める。
「短くしたんやなぁ、髪。夏やからそれぐらいがエエよ」
若手で2度ほど一緒に現場に入った青年は、いつも風俗の話ばかりしてくる。
「昨日も行ったんですけど、もうその子がプライベートで会おうよ!ってすっごく言ってくれるんですよね。店外で会った方がお互いラクだし、そうしようかなぁ、って」
「お金は?払うんすか」
「それは、そうでしょうね。ただ、LINE見てると、もう仕事とかじゃなく、俺に気があるんすよね。タダかもしんないなぁ。というか、もう彼女っていうか」
「そうですか。まぁ、一回店外デートしてみたらどうですか。どんな感じなのか」
「すね、すね。いやぁ、仕方ないなー」
うんうん。
上手くいくといいね。迸るスパーム。逃れられないシステム。恋にハードルはない、南無。
ベテランのオッチャン二人と監督と共に、2台のトラックで現地へ。
今日は、乾式の土壌改良である。
重機が穴を穿ち、セメント粉を土と混ぜ、任意の高さに整えていく。
僕はスコップを用い、土をすくい、セメントと混ぜられた土を穴に入れ、高さを測り、底面を均す。
ある程度、こなれてきた仕事ではあるが、疲れることにはこなれない。
永久機関ばりに動ければ良いが、そんな体力はない。
途中、適宜タバコ休憩を取るが、この現場の監督さんの流儀は、
「早くやって、早く帰ろう。そのほうがアンタもエエやろ?同じ報酬なんだから!」
である。
昼休憩無しで作業は進む。
したら、ひとりの作業員のオッチャンが
「ちょっとキツいわな、今日は暑いし。メシの時間取ろうや」
と、何も言い出せない僕もすぐに乗っかりそうな甘言を垂れてくれたので、
「そうすね。休みましょう!しょう!」
と同調する。
やはり、朝からぶっ続けに作業するのは無理がある。
もう、夏なんだし。
監督は渋々といった面持ちで、重機のエンジンを切った。
進言してくれたオッチャンと監督は旧知の仲のようだ。
少し薄くなり、M字に後退しつつある額の汗を拭いながら、弁当を食べるオッチャンと話す。
「食わんと。食わんとヘタってしまうわな。今の時期は」
「そうですね。大事ですよね」
「もう現場とか長いんですか?」
「ずっとやなぁ。ずっとやっとるわ。40年?それ以上かな」
「凄いすね。でも元気そうです」
「アホ言いなさんな。もう、どこもかしこもガタついとる。でも、これで子どもらも育ててきたんよ。ワシももう60過ぎたからな。最近はボチボチよ。アンタならもっと稼げるやろうけど」
いんや。
稼げてません、現場が嫌で嫌で、人の弁当ばっかり運んどります。
「夏場は二部制にしとるとこもあるよ。金は減るけどな、身体考えたらそれもエエわな。それでもしんどいけどもな」
両頬に年輪みたいに笑い皺のクッキリ入るオッチャンは、優しい目をして、遠い目をして、やっぱり歯が相当数欠けていた。
「夏場にへこたれんコツとかあるんですか?」
「そんなもんあったら教えて欲しいわ。フフフ。まあ、ちゃんと飯食うくらいやな」
そんなオッチャンの、先達の助言を無視し、己を過信したことで、翌日には地獄を見ることになるとは、この時の竹下には知る由もなかったのである。続く。
すぐ下に続く。
その後、巻いて巻いて、へーコラ働き、この日の現場は15時には終了。
とは言え、西成に戻ったのは電車を乗り継いで18時になっていた。
ホテルでぐったりしていたら電話が鳴り、今日の監督さんから
「明日も来れます?」
と。
一瞬、逡巡するが受諾する。大阪府外、近県まで遠出するので、始発で来て欲しいとのこと。
「明日も暑いでしょうねぇ?」
「そらそうやな。夏やから」
押忍。
風呂に入る気力もなく気絶のパターンで、翌朝、4時起き。
集合場所に集まると、風俗絡め取られ青年が。
「行ってきましたよ、昨日。良かったっすよ」
「お付き合いするんですか?」
「いや、結局、お金払いました。まあ、でもしょうがないす。気持ちは良かったんで、OKす」
「管理売春が、野良になっただけですね」
「いや、でもいっぱい話出来たんで。いい子なんすよ。そういう昨日みたいなプライベートで客だった奴と会うとかは、初めてらしいんで。これからっすね。俺も彼女の金銭的なサポートはしたいんで」
僕も大学で九州に渡ったとき、半年ほど学内ではひとりも友達が出来ず、西新という博多でも庶民的な街にある風俗店で応対してくれた女性と、生活における会話のほとんどをその店でし、ほのかな恋心を抱いたことがある。
彼女は一度、「出勤前にご飯でも食べようか?」と誘ってくれ、僕にとっては分不相応なイタ飯かなんかをご馳走になった。
ノーデリカシーの僕は、彼女に「なぜ風俗店で働いてるの?」と聞き、彼女はお店で迎えてくれる笑顔とは真反対の苦々しい顔で、
「普通の仕事出来んの。なんかレジ打ちとか?事務とか?全然出来んの。頭悪いし。今のお店はラク。何にも考えずにやれるんよ」
と言い、途端にいつもの笑顔に戻った。
その後も、幾度かデートの真似事みたいなことをしたけれど、ラブホテルに出かけるようなこともなく、他愛のない話をして別れ、僕はお店に通った。
初めての一人暮らしで友達が出来たような気がして、嬉しかった。
確か、彼女は四国から移り住んだ20代前半の女性だった。
全く失礼極まりないが、恋心を抱くと言っても、当時の僕には「風俗店で働く人」と恋を実らせたい、という欲望は無く、やがて学内で知り合いも増え、バイトを始めたりして、若きリピドーの解消に風俗を利用することもなくなっていった。
とくに劇的なお別れがあったわけではなく、数ヶ月後に西新を訪れた際には、その風俗店はなくなっていた。
ハイ、クソつまらん自分語り終了です!
そしてクソつまらん現金仕事の話に移行です。
続く。すぐ下に続く。
今日も現場は初めてのオッチャンと、一緒になるようだ。
近畿の遠い現場まで、監督さんの運転するトラックに分乗し、向かう。
「西成で友達とか出来たん?」
いやぁ、出来ないすね。
大学で半年かかったし、新しい会社でも馴染むのに半年以上かかったし、そんですぐ辞めるし。ロクなもんじゃあない。
片道2時間のロングドライブで、コンクリの壁が続く高速を走行している間に寝落ち。
これは、帰るのも2時間かかるんだわなぁ。絶望。
今日は、湿式柱状改良でっす!
土に入れるセメントが、濡れているか、乾いているか、の違いだけです。
照りつける日射しも、振るうスコップの勢いも一緒。
現地に到着し、セメントを積んだトラックを誘導しながら、もう一人のオッチャンと話す。
「私、初めてなんですけど。土壌?改良?どんなことするんですか?」
おお、イエー。
先輩面と先輩風のチャンス!
流れだけを伝えて、「俺を見とけ!フォローミー!」とか言ってない。
「なんとなく、やってください!暑いし」
結果、オッチャンはあまり率先して動けないもんだから(当然だ)、僕の負担が増えることになる。(仕方ない)。
スコップを振るい、高さを計測するところまでやり、底面を均す作業をオッチャンに任せる。
多分、色々な条件が重なって複合的に起きたんでしょうな。
ぶっ倒れた。
「ここは遠い。早く終わらせたい」
「なら、飯抜きで行こう!」
「馴れていない、オッチャンを動かすのは不憫だ」
「あれ、なんか手足が痺れてきた」
「水、水、もう直接蛇口から飲もう!ああ、飲み過ぎだ」
「あれ、なんか視界が狭い…」
「あれ、あれ、あーーーれー!」
・・・・・・・・・・。奈落に落ちる。
8時からぶっ続けで、作業した14時ころ。
煙草休憩で火を点けようと試みるけれど、手が言うことを効かない。
現場の隣の廃屋で作られた、日陰に移動し、座りこむ。
もう、動けない。
程なく、意識が遠くなり、立ちあがろうにも腰が浮かない。
「大丈夫ですか?」
「ヤバいかもです。すません。行きます、行きます」
と勢いをつけて立ち上がり、日射しの下に行き、スコップを握り、穿たれた穴に入り土をかき出して、、、そこまで。
意識が飛んだ。屯田兵。
そのまま、オッチャンと監督に引きずられて、日陰の泥だらけの地面に横になったらしい。
しばらく、動悸が激しく、口をいっぱいに開けて虫の息を吐き出していたらしい。
意識は戻ったが、どうにも体が言うことを効かず、監督さんに、
「竹下さん!車!冷房入れて、休んどれ」
との声を遠くに聞きながら、おそらくは10分くらいかけて、5メートル先の車内に移動した。
冷房も大して意味をなさないぬるたい車内で、自分の荷物からコンビニおにぎりを取り出し、無理矢理口に突っ込む。
ああ、昨日の先輩の助言通り、飯は食わねばダメだ。
もう、遅いけど。
30分ほど、濡らしたタオルを顔に当てていると、かなり回復。
車窓から外を覗くと、現場はほぼ止まってしまっている。
このあたりが、僕の小狡いところであるが、「もう、イケそうだなぁ」となってからも30分は冷気を浴びていた。
「熱がある、今日学校休む!」って言ってて、お昼には回復して『笑っていいとも』見てる感じ。小狡い。卑怯者。
このままでは、作業が終わらないので、仕方なく「テレホンショッキング」の途中あたりで、ド暑い日射しの元へ帰還。
その後は、徐々にペースを取り戻し、働いた。
やっぱ、飯だ、飯だわ。
動けた。
「すみませんでした」
「もう、イケるん?早よやってまわんと終わらんわ、頼むな!」
オッチャンにも謝罪。
「すみませんでした。一人でやらしてしもうて」
「いやいや、あんな状態から、ようまた動いとって、凄いよ!若いよ」
またしても、同僚のオッチャンの笑顔に救われる。
この人は、50代で仕事を失い、先月大阪市内の飯場に入ったばかりだと言う。
仕事は田舎にはなく、飯場に職を求めたが、そこも毎日仕事が入る訳では無く、ただ住居費+食費を取られ、月の上がりは数万円らしい。
「ちょっと、これでは厳しいと思っとります。仕事もエラいし、稼ぎもチョボチョボやし、失敗やったかもですわ」
これは格好の取材対象と思ったが、「今度、メシ食い行きましょう!」とか誘う余裕もなく、暗くなる前に、監督に先に帰らされた。
当然だが、現金仕事は17時には拘束が切れる、まだ作業は終わっていなかったが、オッチャンは近くの駅まで向かっていった。
僕のぶっ倒れのせいで、現場が終わらない。
さらに、僕のミスで正しい高さに整地されていない穴も見つかり、暗くなっても作業は続いた。
もう、汗みどろ泥みどろ、ドロヘドロで「ああ!」「クソ!」と声を出しながら、あたりがすっかり暗くなるまで、20時近くまで働いた。ウソだろ、嗚呼、俺のせいか…
帰り支度を終え、朝来た道を帰る。
「すみません。ご迷惑おかけしました」
「いや、今日のあの人、ほとんどやってなかったでしょ。一回も土、すくってないんちゃうかな。ほとんど、竹下さんだやっとったからなぁ」
いつものように缶チューハイをもらったが、この時間までかかっても、報酬が増額される訳でもない。もちろん、僕の体たらくが原因で長引いたのだが。
もう、ホントにやってられないなぁ。
そう思いながら、流れるテールライトをボーッと見ていた。
一応、「またお願いします」とは、言って監督さんとは別れたが、向こうが「使いもんにならん」と判断した可能性は高いし、僕の方も、もうやってられないと思いながら、帰った。
この後、すっかり現場イヤイヤ期に突入し、企画の天才!敏腕コンテンツメーカー!とか自分を偽りながら、夏をやり過ごすことになろうとは、その時の竹下は薄々気が付いていた。
仕事内容
日付:2021/7/20(火)
場所:大阪市外
現場:更地
内容:乾式柱状改良
時間:8:00~15:00
待遇:昼食なし
給与:¥11,000
仕事内容
日付:2021/7/21(水)
場所:大阪府外
現場:更地
内容:湿式柱状改良
時間:8:00~20:00
待遇:昼食なし
給与:¥10,000
収入
11000円
10000円
使った金額
7/20
交通費:840円
たまごサラダロール:130円
カレーコロッケ:100円
ぼんち・ピーナッツあげ:127円
ケーキドーナツ:138円
おいしいふわ煎餅:106円
森永・フルーツ牛乳プリン:212円(二個分)
白くまバー:98円
クーリッシュ スポドリ:151円
キリン・生茶:212円
セブンプレミアム 烏龍茶:148円
マスカット&ビタミンC:118円
セブンプレミアム メロンミックス100%:127円
タバコ・アメリカンスピリットメンソール9mm:800円(二個分)
7/21
交通費:840円
コインランドリー(洗濯):200円
歯ブラシ:97円
100円パン:200円(二個分)
キッチンオリジン・肉団子甘酢あんバリュー:189円
キッチンオリジン・とり天 のり塩:100円
キッチンオリジン・ほうれん草ガーリック:86円
キッチンオリジン・小ネギサラダバリュー:189円
ベーコン&チーズデニッシュ:138円
ハッシュドポテト:200円(二個分)
おむすび&おかずセット:346 円
青磯海苔 漬けサーモン:150円
たこめしおむすび:220円
焼きそばドッグ:150円
森永・ラムネヨーグルト味:214円
アサヒ・ドデカミンBIG:139円
エルビー・ラムネウォーター:117円
コカコーラ アクエリアス:168円
レジ袋:3円
レジ袋:1円
タバコ・アメリカンスピリットメンソール9mm:400円
所持金
38,576円