「なんで、こんなことしているんだろうか?」
思わず口に出してしまった。脳内ではなく、本当につぶやいた。言葉にしてしまうと、本当に自分のやっていることが、なんの意味もなく、愚かで、虚しく思えてきた。
いつものように、昼の仕事を終えて地下鉄で西成に向かい、いくつもの宿で宿泊を断られてしまった。果ては
「どういうことやねん!泊めてくれたっていいやろがい!」
と、口に出してしまった。脳内ではなく、本当に怒鳴った。使い慣れていない大阪弁を駆使するほどにイラついてしまった。
西成には、コップ酒片手になにやら叫んでいるオッチャンたちも多いので、その点悪目立ちはしない。寛容な街。
宿探し、一泊の壁
このところ「暖房アリ」の甘ったれた安宿ばかりだったので、今日はキビしめに行こうと考えていた。1000円アンダーなら確実にエアコンはないだろう。
この西成安宿探訪の初日、「一泊はダメ」と断られてしまった「ホテル ニューかめや」に足を向ける。
看板にある「一室 850円」の「一室」という表記が罠。「一泊」ではない。
入館したが、受付に人影はない。「すみませーん!」と何度も声をかけ、6回目の「すーみーまっせん!」あたりで声が通った。やはり、破裂音は響きやすい。
「一泊はダメですよね?二泊お願いします!」
「ああ、連泊、三泊くらいはしてもらわないと」
二泊、連泊かぁ。そんな、わんぱくな宿泊できない。
つづけて、「ビジネスホテル ちとせ」
いつも20時前にはシャッターが下りていることが多い。今日は、明かりがついている。看板には1200円とある。
館内に入ると、受付には「満室」と赤い文字。ガラス越しにおばあさんの姿。ダメ元。
「こんばんは。もう埋まってますか?」
「ああ、何泊します?」
「一泊でお願いしたいんですが」
「二泊からなんです。ごめんなさいね」
失意のまま、次を目指す。
「ホテル はつね」はどうでしょう?
「一泊イケますか?」
「一泊は受けてないの」
「何泊からなら?」
「二泊以上、お願いしてます」
「わかりました、また来ます」
「他行ってみて」
受付のご婦人は、哀れむような表情で言った。
ならば、アソコだ!昨日、断られた「つかさ旅館」
しかし、完全に扉が閉ざされている。ダメか。。
ここで、冒頭の
「どういうことやねん!泊めてくれたっていいやろがい!」
に戻る。時制をいじくってみました。
なんだか情けなくなってきた。
自分が何もできない人間に思えてくる。
僕は、西成安宿探訪でなにがしたいのだろうか。
こんなもの、読まされているあなたが気の毒だ。すみません。
ただ、リストを埋めるように、タスクリストをこなすために、こんなことしているのか。
そうじゃないだろう。
でも、なにがしたいんだろう。
楽しんでやらなきゃダメだ。西成安宿を通して、この街を地域を知って、それを自分で消化して、これからの生き方を探るためにやってるんだから。
気持ちを落ち着けて、少し歩くことにする。
怒りやイライラなんて、6秒しか続かない。やり過ごせば冷静になれる。
見ていなかった景色を見る
あいりん地区から、太子町のあたりまではぐるぐるとめぐってきたが、新開地や飛田方面は訪れていなかった。新開筋商店街を歩く。
新開筋商店街の端っこには旅館があった。
タイル貼りの赤線感がにじむ建物。もう、今日の受付は終えているが、営業はしているようだ。ホラ!新しい発見があった。歩いてみるものだ。
その先の小さな神社。
賽銭箱に手紙が入れられるという仕組みを知る。
これも新しい発見だ。
さらにその先の路地には銭湯があった。
いままで、認識していた場所以外にも、暮らしはある。
地蔵ゾーン
だいぶんと気持ちが落ち着いてきたので、細かい路地をぐんぐん責める。
知らない街は楽しい。歩かないと気が付かない。今日の宿はどこだ!どこだ!!と、あくせく駆け回っていたさっきまでの自分がバカらしく思える。
発見したのは、お地蔵さん。
路地を曲がるたびに、その端に地蔵がおさめられた祠が目につく。
路地を進んでいると、肩を寄せ合うように並ぶ長屋のひとつから、70代くらいの男性が顔を出して「こんばんは」と挨拶を交わす。
祠の前で写真を撮っていると、さきほどの男性がお猪口を並べたお盆を手に近付いてくる。
「ここら辺はお地蔵さんが多いですね」
「そうです。毎年8月の23にはね『地蔵盆』いうて、お祭りがあるんですわ」
「へー。初めて聞きました」
「関西だけかなぁ。この辺ではやるんよ」
「お父さんは、いつもお供えしておられるんですか?」
「そう、朝晩ね。お辻の地蔵さんは守り神やからね」
「写真撮ってもいいですか?」
「どうぞ、どうぞ。でもお顔が暗いかなぁ」
「また、明るいうちに来られて、お顔見てあげてくださいな」
「ありがとうございます。おやすみなさい!」
「おやすみ」
このとき、自分に足りなかったのは「会話」だと気付かされた。
モノローグが生みだすことには限界がある。ダイアローグで気付かされる、みつかることがある。
昼の仕事では、手管を披露したり、思惑を探り合うような会話ばかり。
こびへつらうような会話しかしていない。
ちゃんと、言葉を発して、しっかり返してもらう。
当たり前の、やり取りが欠けていた。それが、今日のイラつきの原因だと、そう思った。
我ながら、寂しく、惨めなものだ。気付くのも遅い。
常夜灯で照らされている祠もあった。
地蔵さんのご尊顔も見ることができた。さっきのお父さんの大切にしているお地蔵さんもまた見に来よう。
道行く人に声をかけてみる
商店街に戻り、ときおりスマホを構えつつ歩く。
「オーエス劇場」の看板を撮ってから、引き返すと大きな荷物をもったおばあさんが、四本足の杖をつきながら、ゆっくりと歩き、少し歩いては腰を伸ばし、ひと休みし、また歩き出す動きを繰り返していた。
いったん、そのそばを通り過ぎたが、声をかけてみようと思った。
「おばちゃん、荷物もとうか?」
「ええ、ええ。もうすぐソコやから」
「そうなん。気を付けてね」
「ありがとう!」
おばあさんの持っている杖の先をみると、フェイクファーみたいなカバーがしてあって、かわいらしかった。
「そのカバー、あったかそうね!」
「そうやろ(笑)ステッキも寒い思てな」
「いいね。じゃ、気を付けて」
「うん。ありがとうな」
いやー、イイ感じだなぁ。イイ人ぶってんなぁ、私。
この調子で、もっとカンバセーションを!と思っていたら、
すれ違うおばあさんから声をかけられた。
「兄ちゃん、この店行ったらアカンで!」
指差した先には、もうシャッターを下ろして長そうな店先。
「なんでです?」
「とにかく、行ったらアカンのや!汚い店やで、ココは!」
「はぁ、行かないけど」
と応じると、なぜか導火線に火が付いたようで、
「イヤ!行け!お前はココに行って、血を見ろ!!」
と怒鳴りだした。
「いや、イカン店なんでしょ?行かないよ」
「いや、お前は行くんや!」
「行ってもいいけど、でも、開いてないよ」
「うっるさいわ!ボケ!」
というおおよそ予想もしなかった、大荒れの展開になってきた。そこで、会心の一撃。
「黙れや!ババア。構ってくんな、ボケ!!」
と口をついてしまった。
すみませんでした。
コミュニケーションもカンバセーションもむずかしいです。
おばあさんは、その場で、歩き出した僕の背中に向けて呪詛の言葉を吐き続けていたが、久しぶりに大声をあげて爽快感があった。
「会話」の大切さに気付き、「対話」の不毛さにも苛まれた。
まぁ、でも頭もノドもスッキリしました。
今日は、天満のマンション帰ります。
楽しめるように、関われるように、また西成安宿は明日から。
ただ、自宅のマンションも暖房機器がなく極寒なので、西成の「暖房アリ」の宿泊った方が快適だとは思います。