2021年6月22日〜6月25日
月曜日、早めに床についていたら電話があり、それは妹からで、彼女のパートナーが亡くなったという報せだった。
籍は入れていなかったが、二人はもう10年以上共に暮らしており、亡くなった彼は僕よりも三つ若かった。
その人はいつ会っても穏やかで、男運が悪ぃ!と嘆いていた妹がようやくその穏やかさに甘えられる存在であった。
ちゃんと聞いていないけれど、僕の目にはそう見えた。
彼に会ったことは都合10回に満たないけれど、妹が電話で近況を伝えてくるたびに、彼の話になったから、なんとなくもう親友のような親密さを感じていた。
昨年か、地元の花火大会に出かけ、嫌がる僕に浴衣を着るように勧めた彼が、
「やっぱり似合いますねー」
と、悪意のかけらもない笑顔でぬかし、
「単に太ってるだけだろーよ」
と、悪態をついたら、
「そんな風に言うと思ってました!」
と笑いながら彼はスマホを構え、僕の写真を撮った。
一緒に土手に座って花火を眺め、「『エモい』とは何か?」という話をしたのが最後に長話した思い出だ。
その後、スーパー銭湯に行き、おでん屋で呑んだ。
酒席には妹も合流したから、二人でじっくり話すという感じではなく、僕はいつものように、
「永遠のパートナーなんて幻想だかんな!」
と仲睦まじい二人の姿が眩しくって愚にもつかないことを言い、そんな与太には応える言葉などねー!といった表情で妹は、
「んなことわかっとるわい!」
と、はにかみながら呟いた。彼は妹の横で穏やかに笑っていた。
その夜、僕は実家に帰り、二人は近県の住処へ戻っていった。
実家で、浴衣を買った出費に憤っていたら、彼からメールが来て、そこには僕の仏頂面をした浴衣姿の画像が添付されており、文面には
「来年も浴衣姿で是非!会いましょう!」
とあった。
泣き疲れた風で、淡々とこれからの葬儀までの流れを説明し、
「来れたらきてよ」
と電話の向こうの妹は話を終えた。
僕は、「残念だった」程度の慰めの言葉しか吐けず、「必ず行く」とだけ伝えた。
そのままスマホでカメラロールを辿り、メールを遡り、彼が送ってくれた「浴衣姿の自分」の画像を探したが見つからなかった。
テメエの写った画像なんてひとつとして保存していないから、きっと、あの花火大会の晩に消してしまったに違いない。クラウドにも残っていなかった。
確信を持って言うけれど、
僕はどこか情緒や情感を失ってしまっている。
誰かの死にも冷淡で、身内が死んでも、泣けない。
なのに、作り事の小説や、絵空事の映画に描かれる死にはバカ泣きする。
その晩は、涙が出て仕方がなかった。
彼は、僕が幻想の範疇に置いておけるくらいの距離感の「失って泣ける存在」だったんだろうか。妹の不憫を想って泣いたんだろうか。
よくわからない。
ちょうど1年前に「来年も会いましょう!」と告げた彼の事を考えた。
ああ、違うわ。あれは夏だったから、「ちょうど1年前」とかじゃないわ。
「この道を通った夜」のとこまで行って、虎舞竜『ロード』の歌詞に合わせたかっただけです。綺麗な話にしたかっただけ。ひどいね!
そう。あれから1年も経っていないのか。
眠れずに、おでん屋での会話と、画像を消したことと、彼にまつわる自分のすべての行いを悔やんだ。
あの「浴衣姿の自分」の画像は、確かにテメエの不細工な姿だけれど、それを撮影した彼を感じられる、わずかだけれど彼の存在を偲べるモノだったのに。
ここまで、この日のことを思い返してはっきりわかったけれど、あの日僕は僕の後悔を泣いていたんだろう。彼を想って泣いたわけではなく。自分可愛さに涙したんだ。
どこまでも限りなく最低だ。
翌日早く、妹の元へ向かい昼過ぎにはコロナの影響で「一日葬」になるという彼を送り出す準備を手伝った。
まあ、ほとんど役に立ってはいなかった。
僕は、葬儀に飾る極楽鳥花を買い、限られた人数に絞られた参列客を案内などした。
極楽鳥花、高かったな!
エラい出費だ!浴衣といい、葬儀花といい、迷惑な野郎である。
参列者が集まって飲み食いすることもなかったので、母親と彼の近親者を駅まで見送った後、妹と一緒に回転寿司に行った。
「やっぱ、葬式といえば寿司だよね!」
高らかに宣言する僕に合わせて妹も
「まあ、いいでしょう!」
と応え、その日は大いに食って、飲んだ。
なんとなく、これからのことや、彼のことは触れないようにしていたけれど、当たり前だが結局「彼の不在」に話は行きつき、言葉は行方を失い、黙々とサーモン5貫盛りを食べた。
エンガワが品切れなのが腹ただしかった。
と、ここまで書いたけれど、妹からクレームが来たら消します。
このブログ唯一の熱心な読者を失いたくないからだー。
木曜には遺品整理めいた作業を手伝い、彼がエモいと言っていたジョン・ファンテという小説家の本を貰う。ブコウスキーの愛した作家らしい。
絶版で中古市場では結構な高値が付いているので、いつか売ります。まだ売り時じゃねぇけど。
言い出しにくかったけれど、彼のスマホを妹に借りて、いつかの「浴衣姿の自分」の画像を拝借した。ありがとう。
「スマホとかパソコンが残るって怖ぇーな。きっと一杯ボロが出るぞ」
「それが、意外とやましいものないの。やましいって言うか…いつものアイツのままだったんだわ。つまらん!」
いつ死ぬかわからないから、不都合なデータは消しておこうね。
パートナーに誠実に生きた人以外はね。
そうして、金曜遅くに西成に戻った。
ほどなく届いた妹からのLINEには、この数日の感謝の言葉と、なるべくジョン・ファンテの本は売らないこと!これからの僕に対しては、
「まあ、なんでもいいよー。生きてりゃいいよー」
と書かれていた。
数日前、この安宿の一室で泣き崩れたように、また声をあげて泣いた。
どこまでも、自分のためにしか泣けない己を確認した。
四十九日とか墓参りとか行く気はないけど、時々思い出すよ。思い出す為の道具も手に入れたし。めんどくさいけど、これから花火大会には浴衣を着ていくことにする。また、どっかで会えたら、ジョン・ファンテの小説の、どこがどうエモいのか?教えてください。売る前にちゃんと読んでおきます。さようなら。
収入
口座から引き出す:50000円(預金残高44012円)
使った金額
交通費:28490円
花代:31000円
食費:5290円
雑費:8007円
所持金
24,745円