2021年3月12日。①
早朝というには早すぎる。
深夜というには遅すぎる。
時刻は午前3:30。
おはようございます!
いつもは4:30あたりに仕事探しを始め、結果的になんとか現金仕事を与えてもらっていた。
しかし、それは「なんとか」という雰囲気もあり。確実に仕事を得るには前倒して動き出さねばならないのかも知れない。
3時半ね。イカれてるな。
洗面場で顔を洗う時にも、誰とも会わなかった。こんな時間に仕事探してる人いるのか?
宿を出て通りに出ると、人はいた。作業着姿のおっちゃんたちはいる。
しかし、手配師の姿はない。
誰かいますか?エニバディホーム?
仕事をください。
少し待っていると、ワゴン車が停まるがすぐに人を乗せて去っていく。
「もう、決まってますか?現金?」
「そうやねん。ごめんな」
別の手配師にも尋ねてみる。
「今日は現金ないですか?」
「ないな。あそこが現金ちゃうかな」
「ありがとうございます、聞いてみます」
尋ねる。
「悪いわな。ないねん」
何度もフラれる。
マイクロバスが停車したので近付いてみる。
「現金ありますか?」
「土木と解体どっちがいい?」
解体仕事で疲労困憊した記憶がよみがえり、
「土木でお願いします!」
「ほな、ちょっと待っとって。4時くらいに呼ぶわ」
良かった。仕事に行けそうだ。
シャッターの閉まった商店の前に幾人か同じように待っている人たち。
その隣に座りタバコを一本。
やがて、先ほど声をかけた手配師がやってきて、
「ごめん。今日ないわ」
「わかりました」
「解体」を希望しておけば良かったのかなぁ。
僕と同じように「今日はない」と告げられたおっちゃんに、
「解体ならあったんですかね?」
「そうかもな。ワシ解体嫌いやねん」
「僕もです。今日まだ現金ありますかね?」
「わからんなぁ。それは誰にもわからんわなぁ(笑)」
おっちゃんは諦めたようで、酒の自販機の前で立ち止まった。
「もうちょっと探してみます」
いつものゾーンを何周かしてみたが、現金仕事はなさそう。
一度、宿に戻って5時頃出直そうか。そう思って足を早めだした時、
「お兄さん!仕事決まった?」
「いえ、まだです!現金仕事ありますか?」
「本当は、寮に入ってくれる人探しとるんやけど。どう?」
「すみません。まだ寮に入るつもりはなくて。今日だけは難しいですか?」
「まあ、いいですよ。乗ってください」
「どんな仕事ですか?」
「解体で、11,000円。〇〇市まで行ってもらうわ」
結局、「解体」かい。キツそうだなぁ。しかも、仕事先は大阪市を外れてしまう。
とは言え、背に腹はかえらない。まだ、先客のいないワゴン車に乗り込む。
10分ほどして、もう1人おっちゃんを乗せ、車は〇〇市を目指して走り出した。
いつもながら、この車中は不安感でいっぱいになる。
何をするのか?どんな苦行が待っているのか?
ドナドナドーナドーナ。人足を運んで走るよ、どこまでも。
卵かけご飯と、もやしスープ
工業地帯から数本外れた路地の先に車は停まり、手配師のあとを進む。
建設会社の看板が掲げられた建物のシャッターが開けられ、チラチラと明滅する待機場所に入る。
コンクリート敷きのその場所は寒々としていた。
ダイニングテーブルに椅子が数脚置かれている。客足が途絶えて久しい場末の食堂という雰囲気。調理人も、他の作業員も誰もいない。
手配師のおっちゃんが(と言ってももうおじいちゃんという年齢に見えるが)、大鍋が乗ったガスコンロに火を灯す。その横には炊飯ジャー。
「じゃ、食べて。〇〇さん、もやしスープ食べたことある?」
「ないな。美味いんか?」
「結構、イケるよ。さあ、お兄さんも食べて!」
西成から同乗してきたおっちゃんと肩を並べ、白米ともやしスープという最も質素な朝食をいただく。
「おかずは、そっちから取ってな」
おかず?あります?
タッパに入った、らっきょう、たくあん、昆布、その並びに卵!
卵かけご飯でいいです!もう、それが最強です!
もやしスープは、純粋な塩味にもやしがぶっ込まれた代物。
でも、美味しかった。なぜか、フォローしてる気もするが…。
「西成は金があれば天国」
時間はまだ5時過ぎ。ひたすら待ちである。
「待っとるだけで、半日やな」
もう1人のおっちゃんに話しかけられた。
「そうですね。これが無駄ですよね。今日は3時半に行ってみたんですけど、そんな時間に行くもんですか?」
「早よ起きて行っても、仕事あるときはアル。無いときはナイ。そんなもんや」
そんなもん、らしい。入寮や通いでなければ確実に仕事を得られないんだろう。
「やっぱり、どっか寮に入った方がいいんですかね?」
「仕事欲しければな。ただ、寮費を3,000円だか取られるやろ。あれは、その日仕事無くても取られるからな。そこやわな。自由は、のうなる。もし入るんなら、ようけ人足のおるところ行ったらアカンで。デカいとこは全員に仕事が回ってけーへん。15だか20人くらいのところに入らんと、仕事ないで」
勉強になる!
「とにかく、ここから4月5月6月くらいまでは、仕事のうなるよ。もう、解体くらいしかなくなるんちゃうかな」
「毎年そうですか?」
「そうやな、大体そのパターンやわ」
それまでに、ある程度仕事先を固定しておかねばならないのかも知れない。
勉強になります!
「仕事なかったら、みんなどうしてるんですか?」
「どうしとるんやろな(笑)。ただ、あの街はいまほとんど、90%生活保護やろ。そんで金のうなったら働くいう感じやろな」
「そうなんですね」
「生活保護いうても、せいぜい7万そこらしか貰われへん。そんなもん、みんなパチンコで一日で溶かしよるからな」
「みんな何に金使うんですかね?」
「そらギャンブル。7割ギャンブルで3割酒」
賭け事+アルコールで10割。
「とにかく仕事があるうちに貯めとかんとイカんのよ。でも、全部使うてまう。そんな人間ばっかりおるんや。不思議なもんでな、仕事ありますよ!いうときはみんな仕事せんのよ。それで、仕事減ってきたら、仕事したがる。そんな街やな」
おっちゃんはなぜか「西成」「あいりん」とは言わず。「あの街」と表現していた。自らも「そんな街」で生きてきた人の言葉だと思った。
「あの街は金があれば天国や。なければ、悲惨やわな」
どうやら、今日の現場はこのおっちゃんとは別々になるようで、おっちゃんは一足先に出かけて行った。去り際、
「にいちゃんも、とにかく稼げる時に稼がなアカンで。頑張りや!」
と言い残して消えた。
「小泉構造改革のせいです」
1人残された僕はテーブルに突っ伏し少し眠った。
手配師でありつつ、この会社の社長でもあるらしいおっちゃんに優しく起こされ、連絡先と名前を告げる。
「ずっとこの仕事…、じゃないね?」
「ええ。まだ始めてから1週間くらいです」
「職種変えやね」
「そうです。でも身体キツくて続けられるか心配ですけど…。やっぱり昔より仕事は減ってますか?」
「そうやね、ウチも昔はバスで20人位、毎日現場に出かけていたんですけどね。最近は減りました。良かったのは平成10年くらいまでかなぁ」
「ああ、バブルの頃よりあとなんですね?」
「小泉構造改革という旗の下で、公共事業が削られたでしょ。その影響」
事象物事の捉え方は、どこから見るのか?誰の視点なのか?によって異なる。この社長からすれば、小泉構造改革は生業に大打撃をもたらした愚策ということになる。
「まあ、日本はもう沈みゆく国ですから。アジアの片隅でね」
その後、6時半近くになり、今日の現場の監督さんが現れ、哀愁漂う社長に「行ってきます」と告げ、ようやく仕事開始です。
以降、西成で暮らす12日目②に続きます。