2021年3月18日。①
午前3時半に準備をして、宿を出る。
とっておきの情報ですが、起きぬけに「歯を磨く」と目が覚めやすいです。
スーッとして爽快感があり、かつ身体の根幹である歯の健康も保てます。
歯だけは大事にせんさいや!きっとやで。
と言っても、歯をしっかり磨いたところで、現金仕事がなけりゃ、ムダ磨きになる。
いや、ムダ磨きなんてない!人生は常に自分を磨くことで続いていく。
「どろぼう市」は平日の朝も、いくらか開催されている。
おなじみのコンビニ廃棄弁当をひと山¥100セール特価の露点は毎日出るなぁ。
手配師の数は少なく、時おりやって来る車のドライバーに声をかけても、フラレまくる。
しかし、拾う神あり。
「死して屍拾う者無し」『大江戸捜査網』で聞いてましたけど、これはどういう意味ですか?
もう、頭もバカになってきています。
以前、解体の仕事を手配してくれたおっちゃんに声をかけた所、
「あんた、この前解体行ってくれた子やな」
「ああー、覚えてくれてたんですか?そうです。今日もお願いしたいんですが…」
「そこ名前書いて!あの車な」
前回の過酷な仕事内容が蘇る。
「同じ会社ですかね??」
「いや、今日は違う所やな」
ホッとする。
あの会社、あの現場はツラかった。
待ち時間。自慢する人
前回のようにカリスマ手配師であるおっちゃんが、「何か飲んで」と100円玉を渡してくれる。
この後、朝飯を食えるはずだ。100円玉はしっかり握りしめ、すでに5人がギュウギュウに詰め込まれたバンに乗り込む。遅れて、1人を追加招集し、車は30分ほど離れた寮付きの事務所へ。
荷物を下ろす時に、同乗してきた20代くらいの青年に「最近、仕事あります」と尋ねられる。
「なかなか無いんですよ」と答えると、彼も「僕も去年、3ヶ月ほど来てて、その時は毎日仕事あったんですけど、今は厳しいですね」と話していた。
ソファとテーブル、灰皿が置かれた待機場所でタバコに火を点けると、
「食事の用意できました」
と調理担当の方が扉を開け、皆でゾロゾロと食堂へ。
昼飯の弁当を確保し、卵がけご飯とワカメ&麩の味噌汁。おかずのたぐいは無い。貧弱な朝飯。けれど、美味かった。
いつもここで、おかわりをしようかなぁ、と刹那考えるのだが、空きっ腹に大量にぶち込んで数時間後に始まる仕事で動けないことを想像し、やめている。
待機場所に戻って壁掛け時計を見ると、まだ5時前。
待ち。
ムダだなぁ…。今、歯磨きたい気分。
テーブルを囲んでいる1人のおっちゃんは、
「もう、ここんところ10日仕事無かったんやわ。もう今日無かったら、おしまいやった」
「そうですよね。僕も久々です」
「この前なんかな、姫路の方の現場に飛ばされて。電車代が1700円よ。昼飯も付かんかったから、1万もろても何も残らんかったわ」
「そんな現場もあるんですね…」
いい話聞かねぇな!景気のいい話聞きてぇな!
と、1人の手練れ感溢れるおっちゃんが、
「そーう?俺なんか毎日入っとるで!引く手あまたや!」
ほー。そうですか。
「仕事できる人間には仕事は来る!そういうもんやでこの世界」
ほー。そうなんですね。
「昨日なんかな、コンクリ打ち行ったら、俺以外みんななんも仕事出来よらへん。ズブの素人ばっかり!なんぎしたで、使えん奴は家で寝とれ!ちゅーねん!」
ほー。かくいう僕もズブズブの素人ですがね。
ほー。そんなに仕事が出来るなら、なんで西成で現金仕事されているんですか?
誰でも受け入れてくれる入り口のおおらかさを頼って西成に居る、使えない素人もいるんです。それでも、めいっぱい身体を捧げることで、食い扶持を得ようと早起きしてる。
どこの世界にも、テメエの武勇伝や自慢話を開陳して悦に入る人はいる。
悪いが、関わりたくない。
その後も、西成の仕事事情などペラペラとのたまっていたが、僕はソファに移動し少し眠った。
途中、「あそこの会社の番頭が、ポン中で自殺した」という西成ペーソス漂う話が聞こえてきた。会社の社長に続く存在として、職人や作業員を差配する人物は「番頭」と称されるよう。僕らは「丁稚」か。随分、とうが立ったご奉公。
1人で現場へ
西成で拾われた一群は、全員で同じ現場へ行くわけではないようで、僕は1人現場となった。
「竹下さんは、6:20に、この会社の車が来ますから」
「どんな仕事でしょうね?」
「まあ、雑工ですわ」
「ざっこう」か…。また、新たな肩書が増えた。
名刺作ろう。そこにはこう書こう。
「私は、日雇い作業員であり、土工であり、雑工でもあります。なんの技術もないズブズブズブズブのトーシロでしかありません」
番頭さんから、安全帯を渡されたが付け方わかんねーな。
現場で「付けろ!」って言われたら、付けてみよう。ズブの素人だから、わからない。
結果、必要はなかったのだが。
待機場所から、事務所に面した道路まで出て呼び出しを待っていると6時半を回って、重機を載せた迎えの車が来た。
フランクな監督さんでホッとする
今日の監督さんの運転で現場まで1時間ほどかけて移動。
車内では、デスクワークの仕事を辞めて、西成で暮らしていること、故郷のことなど話す。
大変話しやすい方で、
「慣れていないので、なんせズブの素人なので、ご迷惑おかけすると思います」
と話すと、今日の現場の作業内容、注意点など丁寧に教えてくれる。
身体のキツさは承知の上だが、監督の人柄が高圧的だと、より仕事は厳しく感じる。
今日は、その点アタリかも知れない。ありがたい。
土壌を改良する。スコップを振るう
現場まで行く道すがら、高速道路から見た店舗「買取マックス」の買取品目が「DVD」と「釣具」であるのを見て驚かされる。買取マックスはエロDVDと釣り用品を扱いだしたんですね。
釣りとエロとの親和性。
そういえば、福岡の知人はとてつもなくエロい人で、かつ釣り好きだ。また、いつか釣りでも行きたい。その時は、買取マックスにも行こう。
現場でユンボを載せた車を運転してきた青年と合流。
その一角では、新築の住宅が次々と建築中。
まだ更地である場所が今日の作業ば、雑工の活躍ゾーン。
測量や掘削地点の確認作業を手伝い、周囲の物件に影響が及ばぬよう金属のポールを立て、シートを張り養生する。
名前は初めて知ったのだが、「アースオーガー」と呼ばれる掘削する重機で地面を掘り起こし、セメント剤を混ぜ込み、土壌を改良する作業。
アースオーガー
はこんな重機。
なんか背後で爆発が見られるなぁ。
ドリルスクリューで地面をブリブリ掘っていく。
映画『パシフィック・リム』の「イェーガー」を思わせないこともないことはない。「ー」=棒引きが入ると、その名称は「強そう」な感が出る。『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』とか。この場合は「デ」の力か。
僕は、掘られた穴から出た土とセメントを混ぜながら、穴を埋めていく。スコップを振るって。ひたすら、掘る→埋める。繰り返し。
すぐに上着を脱ぎ、昨日買ったエアリズム一枚で作業する。
汗がしとどに出る。
監督さんは、「竹下さん!はい、埋めてー」「竹下さん!そっち回ってー」と朝に車中で感じた印象そのままに優しく指導してくれる。
何より、名前を覚えてくれ、呼称してくれることが嬉しい。
下っ端の下っ端、ズブズブズーブズブブブブブタヤロウである僕だが名前はある。
我輩は雑工である、名前は一応ある。
日雇い労働者である僕に礼節を持って接してくれることが嬉しかった。
休憩はなかったが昼に入ると1000円札を渡してくれ、
「これで2人でなんか買って!」
と言ってくれる。
もう1人ユンボ使いの20代の青年とコンビニに行き、お釣りを返そうとすると、
「何?とっておきーや」
と、また返される。¥300円ゲット!
なんてさもしい私。
乾式柱状改良とは?
この作業は、「乾式柱状改良」と呼ばれるようだ。
なんでも名前ってあります。
キチンと名前で呼んであげよう!
なぜなら、嬉しいから!
「これ以外にも土壌改良の仕方ってあるんですか?」
「『湿式』もあるよ」
なるほど。乾と湿はセット。
わずか30坪の土地だが、何箇所も穴を空ける。
掘り起こされる土は、1メートルも離れていないのにまったく質が異なっている。
サラサラだった土が、すぐ隣では一気に粘土質になる。
学生時代、同じ2年生なのに、突然2年4組だけカワイイ子が固まっているケースがありますよね。あの感じです。
そして、この粘土質の土が重たい!
剣先スコップが粘土にめり込んで、ひとすくいが一気に重たくなる。
カワイイ子は重たい。遠くから見ているくらいがちょうど良い。
「また来てくださいよ」
3時の休憩時間には、
「竹下さん頑張っとるね!また、来てくださいよ」
と言ってもらえた。
しかし、たまさか又同じ会社に拾われたとしても、どこの現場に回されるのかは直前までわからない。
「ありがとうございます!けど、僕には選べないですもんね」
「そうやわな。また、いつか当たったらになってまうなぁ」
4時過ぎには、掘削作業は終わり。
片付け作業や掃除に移行。
その際には、「竹下さん!これ覚えといてー」と言われ動いた。けれど、本当に再度このメンバーの現場に来られる確率は極めて低い。残念だが、そして後腐れのなさが西成現金仕事の利点でもあるだろう。
以降、西成で暮らす18日目②に続きます。