2021年3月9日。①
昨日は、寝たきり状態であった為、昼寝とも夜寝ともつかない眠りを断続的に続けていたので、結局午前2時頃までウダウダとしていた。
途中radikoを聞き、『アフター6ジャンクション』の“最新スマホゲームの世界”で耳にした「ウマ娘 プリティダービー」というゲームを勢いでダウンロードしてしまい、3時間ほどをウマ娘の育成に費やしてしまったことをここに告白したい。
ダメすぎる。
ゲームの素晴らしさと、無為に流れていく時間の虚しさに気付きながら、それでも何度もこんな愚行を繰り返してしまう己を呪う。
そんな時、いつも思い出すのはエレファントカシマシの曲
『友たちがいるのさ』
テレビづけおもちゃづけ、こんな感じで一日終わっちまうんだ
明日 飛び立つために 今日はねてしまうんだ作詞作曲・宮本浩次
この歳になっても、こんな感じ。
でも、今日はこんな感じで1日を終わらせるわけにはいかない。
1時間ほどはしっかりと眠り、起床。
4時半に「ホテル 太子」を出る。
宿は明日まで取ってあるので、大きな荷物を抱えて行く必要はない。
小さなリュックに手袋やヘルメットを詰めて、仕事を探しに。
仕事ない!のか
外に出ていつものゾーンを目指すと、明らかに手配師の数も横づけされた車の数も少ない。
先週はウヨウヨしていたのだが、火曜日という曜日が関係しているのか?
一応、売り手市場だと信じているので、ゆっくり歩くが一向に声はかからない。
あいりんセンターの付近には、同じように仕事を探していると思われるオッチャンたちが幾人も所在無げに立っている。
「今日、もう現金はないですかね ?」
「んん?ある思うよ!今日、何曜日や?」
「火曜ですね」
「火曜なら、あるやろ。待っとくしかないわな」
明らかに二日酔いだか三日酔いだかのオッチャンはチューハイ片手に笑っている。
この人に聞いてもしょうがないかも…。
違う人にも聞いてみる。
「多分、〇〇のバスが来るはずや。来ると思うよ、多分」
「ここで待ってればいいんですか?」
「そうや。来るはずや」
ほとんど、パチンコの当たり台を探しているような希望的観測にしか聞こえない。
一台だけ車の前に立っていた手配師がいたので、声をかける。
「現金仕事はないですか?」
「ああ、今日はもう終わったわ」
時間はまだ4時台。
「これで遅いんですね。何時頃ならありそうですか?」
「3時半くらいちゃう?ごめんな」
「ありがとうございました。またお願いします」
前回の解体で一緒になったロバートの言っていたことは事実だった。
その後、付近を周回し30分ほど、まだ冷える三月の早朝の時間を潰したが、募集している様子はない。
仕事待ちの人々の数は、どんどん増えてきた。
しかし、仕事は見当たらない。
一度宿に戻って、数時間寝てウーバーイーツでもやるか…。
そう考え、宿に向かい出すと、
「にいちゃん!今日、仕事決まった?」
と声かけされる、
なんですかー!どこにいらっしゃったんですかー!待ってたのよぉ!
「いや、決まってないです!お願いしたいです!」
「11,000円で。工場の掃除。帰りは交通費かかるけど、駅までは送るから。イケます?」
「市内ですか?」
「まあ、近いよ。じゃ、車乗っとって」
乗用車の後部座席に乗り、待っている間、窓からは路上に座り込んでカップラーメンをすする30代くらいの人が目に入る。なにもここで食わなくてもいいのに…
そう思っていると、しばらくしてその人が僕の隣に乗り込んできた。
この人も働くんかい!
しばらくして、2人を乗せて車は走り出し、途中もう1人が乗り込み、30分ほど走る。
大阪市外の住宅街の狭い道を抜けた先で降ろされる。
途中乗車してきた人は常連のようで、彼について行くように言われる。
ビルの一階にある引き戸の先には、食堂と事務所が併設されたスペースがあり、食事をするよう促される。作業予定が記されたホワイトボードには、各現場への出発時間と名前の記されたマグネットシートが貼ってある。その列に「現金/竹下」の名前も加えられた。
ビルの上階は寮になっているようで、次々に作業員が降りてきてテレビを眺めながら食事する。
コチラの食事はなかなかに豪華。
白米、汁物が二種類、おかずも豊富にあり、熱いお茶に冷水も選べる。
山盛りに米を盛り、おかずもカレー風の煮付け、ニンニクの芽と牛肉の炒め物、マカロニサラダなどバイキングスタイルで楽しんだ。ニンニクの芽ってやっぱり美味い。
厨房のオヤジさんは丁寧にルールを教えてくれ感じがよかった。
昼メシ用の弁当も渡され、待ち。
この時点で5時半。
「竹下さんは6時20分に出るから」
西成から同乗してきた人たちは各々違う現場に向かって行った。
雰囲気の良い待機場
これまで経験した待機場には、「今日もこれからドカチンだぁ」みたいなどんよりとした空気が流れていたのだが、今日のこの事務所は明るい家族的な空気が流れていた。
年かさの人たち(といっても、僕より若いだろうけど)が『鬼滅の刃』の細かい設定の話を嬉々としてしていたのが印象的だった。人口に膾炙するとはこのことか。
そして、僕の斜め前の席に居た方のキャップに、
“truth is stranger than fiction”
と刺繍されていたのも印象的だった。
まさに今僕は「奇なる事実」の中にいる。
その人がスマホを取り出し、パズル系のゲームを起動し、プレイし始めた。かなりのレベルに達している。何時間費やしたのだろうか。
僕もスマホを取り出し「ウマ娘 プリティダービー」を起動。
すぐにアンインストールした。さようなら。
7人の勇姿
「いってらっしゃい」
事務所の人たちに送り出され、僕も「行ってきます」と努めて明るく声に出し現場に向かう。
しごく当たり前のことかも知れないが、西成生活をしているとこんな挨拶のひとつが新鮮であたたかく感じられる。
今日の現場には7人で挑むようで、二台の車に分乗し工場地帯に向かう。
現場に着くと監督さんに、
「アスファルトな。アレを作る時に灰とか細かい金属のカスが出るんや。それがベルトコンベアから落ちて床に溜まっとるから。それの掃除な。とにかく真っ黒になるまで汚れるから。顔なんてススだらけになるし、覚悟して」
と告げられる。
「工場の掃除」としか聞いてなかった!
まあ、どうせ汚れるのはいつものことだ。
7人のうち寮住まいの方が半分ほど、西成で拾われたのは僕だけで、他の人たちは皆顔見知りのようだ。車内では会話が弾んでいたが、僕も同調圧力で笑顔を作る。感情のマネジメントで辛くなった。下ネタや差別ネタが多く、笑うに笑えない内容も多かった。
しかし、のちの作業で汗だくでスコップを振るっていた時に、もっとも人種差別的なネタで笑かしていた人が、
「現場の人間なんてキチガイばっかりや!みんな負け犬!吠えとるだけでの!」
と呟いたのが忘れられない。
灰を集める→一輪車に積む→捨てに行く
コンベヤの下に潜り込み、スコップで灰を集める。
灰は段階的に下層に溜まっているので、それを集め、一つ上の段まで運ぶ。そして、それをもう一段上の段へ。地上に出たら、それをまた集めネコ車と呼ばれる一輪車に載せ、20メートルほど離れた廃棄場所に持って行く。
延々と繰り返す。
無くなるまで繰り返す。
日雇い仕事は、石にせよゴミにせよ、とにかくある地点からその先の場所へ何かを運ぶことが多い。目の前にある対象物の嵩を減らす、失くすのだ。
大勢が狭い空間で一斉にスコップを振るうから、室内はたちまち灰まみれになる。
途中から、僕は一輪車での運搬を任され、灰の中からは抜け出すことができた。
このネコ車のタイヤは空気が抜けていて、安定感が乏しい。
ひっくり返せば元も子もないから、慎重に。しかし、スピード感も求められる。
まだ完調ではない太ももを庇いながら、今日は二の腕の筋肉が求められる仕事だ。
灰まみれゆえ当然マスクをしていたいのだが、息苦しく途中で外す。
今日で、これまで吸ったことのない量の灰を吸い込むことになるだろう。
1時間に1度休憩
閉塞された空間での灰による息苦しさを考慮してくれてか、この現場では1時間に1回の休憩が入った。これは、精神的にも体力的にもありがたかった。
オッチャンたちともかなり会話が弾んだ。
ダジャレ好きなオッチャンは、
「暑いなぁ!もう滝のような汗よ!どうよ、もう俺タッキーみたいやろ!」
と何回も満面の笑みで話しかけてくるので、お追従笑いも限界になった。いい人でしたけど。
アンタの世代だと、くだんのタッキーは滝沢秀明じゃなくって、水の江瀧子だろ!というツッコミは用意していたのだけども。滝沢秀明も、もう充分古いんだろうけども。
ダジャレ好きと書いた通り、ほかにもいっぱいダジャレていたのだが、他のダジャレを思い出せない。
80近いと思しきオッチャンは、
「実はねぇ。あの寮には同じ苗字の人が4人おってね。これが仲悪いんよ」
とそっと内部事情を教えてくれた。
このおじいちゃんが、当然ではあるが動きが鈍く、陰に日向にあからさまに他の作業員から文句を垂れられていたのだが、僕からすれば超人である。
なんとなく「昔は活躍してくれたから、お情けで今も雇われている」というような事情だと察したが、その優しさは尊いと思った。もしかしたら、年金を受給できていないのかも知れないし、生活保護を受けているのかも知れない。その優しさは間違っていない、そして懸命に身体を動かすじい様もステキだった。
一緒に一輪車を担当した16歳の少年は、とにかく元気で、当初走り回って作業していたが残り2時間あたりで完全に電池切れしていた。一度落としてはいけない場所に灰を大量に落としてしまっていたので、僕も協力して灰を溝によけた。
「証拠隠滅できたね」と話しかけたら、
「あざっす!」と笑顔になった。
30歳で家族をこの仕事で養っているという青年からは、高層ビルのてっぺんくらいの高さで足場を組んだ話や、40キロある荷物を連続でコンテナに積み込んで腰がイカれた話、団地の解体作業で数百枚の畳を階段で5階から1階まで運び続けた話を聞き、そんな仕事には出逢いたくなさ過ぎて、震えた。
「なかなか、身体がついていかないんですよ」と僕が泣き言を言うと、
「“慣れ”ですよ。慣れます、やってれば」と励ましてくれた。
彼の言では、今日の会社はかなりアットホームで気に入っており、いまはもう彼はココでしか仕事を受けないらしい。
「上の人によるから、イヤなとこで働くのはイヤ。あと1人現場も嫌い。話すと気がまぎれる」とのこと。
「今日は集団だから、いいですか?」
「そうすね。楽しい」
仕事前に監督さんが言った通り、休憩時間に工場内から外に出ると、7人ともドリフの爆破コントみたいに絵に描いたようなススだらけの相貌に!
『コマンドー』のシュワルツェネッガーみたいと言ってもいい。
無心に黙々と灰を掻き出す作業は、さながら炭鉱夫のようだった。
あるいは、『アルマゲドン』のキャストみたいだった。『七人の侍』は言い過ぎか。
横一列に並んで歩く様は、ちょっとカッコ良かったんじゃないかな。謙遜。過言。
話好きで色々と教えてくれた30歳の彼に聞かれた。
「今はドヤ暮らし?」
「そうです」
「寮とか入んないんすか?」
「ああ、今そんな伝手もないですし」
「でも、ドヤもキツいでしょ?」
「もう少し頑張ります」
「いつか寮に入るようになりますよ」
そうなのかも知れない。
ただ、今は野良で仕事を探していこう。
何より、寮に入ってしまっても、毎日仕事をする身体になっていないから無理だ。
灰にまみれて一日が終わる
その後も1時間に1回ペースで休憩、昼には支給された弁当をいただいた。
口の中もジャリジャリとして食欲はなかったが、前回、昼を食べずにバテてしまった反省を踏まえて胃袋に落とし込んだ。
午後からは一輪車を外れて、構内で灰を掻き出す。
ラスト近くには、ダラダラと流れる汗とともにガムシャラにスコップを振りまくった。
みな無言になり殺気立っていた。
疲労感は前回に比べて相当薄いが、今回は二の腕や上半身が使い物にならなくなる予感がする。もうリアルに40肩だしね。
「また、現場で」
5時少し前に作業は終了。
事務所に戻り、お茶を飲んでもよいとのことでいただく。
うーまい!
お給金、11,000円也。
至近の駅まで送ってもらい、30歳の青年と電車で帰路につく。
上っ張りはススだらけなので、Tシャツ一枚での車内。太っているから許して欲しい。
彼は明日から三日間解体仕事に入るそうだ。
子どももいるらしく、引っ越しも控えており、新居では犬を飼う予定だという。
「金曜日にもう来るんですよ。嫁が欲しい!って」
「じゃあ、お父さんもっと稼がなきゃならんですね」
「そうなんすよ。やらないかんす」
西成近郊に住んでいるという彼と駅で別れ際には、初めてお互いの名前を伝え、また現場で一緒になったらよろしくお願いします!と告げて別れた。
彼は、今日お世話になった会社でいつも仕事をしているとのことだったので、きっとまた会えるだろう。西成の「スーパー玉出」でバッタリ顔を合わせるかも知れない。
初めて西成で顔見知りができた。
以降、西成で暮らす9日目②に続きます。