西成労働日記・二日目①
2021年1月9日、土曜日。
前日は、「宿 末盛」に宿泊し、ヌクヌクと眠り、翌日(つまり今日)の西成労働を祈念していたのだが、まさかのというか確信犯的に三度寝をかまし、時刻は7時近くになって宿を出奔。
「もう、今日は働けないなぁ」と薄ら笑いで、地下鉄の駅に向かう。
しかし、せっかくだからと踵を返し、通常ならば日雇い「現金」仕事の手配師の人々がいる方向へ足を向けた。
気分はすっかり休日モードで、「喫茶店でモーニング」「どろぼう市見学」を念頭に歩き出したら、車のそばに立っていた男性に声をかけられた。
「現金行かんか?現金あるよ」
こんな時間で、仕事あんのか!ただ反射的に、
「行きます。お願いします」
と答えている自分が居て、我ながら我が耳を疑ったのだった。我が発声を、と言うべきか。
前日の様子はコチラ
覚悟せずに始まる一日
前回、西成で日雇い仕事を探していたときには、「早朝5時でも遅いくらい」と聞いたのに、7時を回っても現金仕事はあった。
すぐに、車に乗り込むよううながされ助手席に滑り込む。
「手帳持っとる?」
「手帳ってなんですか?持ってないです」
「持ってないならいいの。むしろ、持っとったら面倒や」
「そうですか」
「持っとったら、むしろコッチから『ごめんなさい!』な感じなんや。持ってなくいいよー」
終始笑顔でテンションの高い男性は、車を走らせる。
おそらくは、雇用および健康関連の保険の「手帳」の所持を確認したのだろう。それらは、雇う側からすれば「面倒」なのだろう。
「その服は汚れてもいいんやね?靴は?」
「安全靴です。ただ、ゴム手袋しかないんですけど、大丈夫ですか?」
「なら、皮手袋あげるわ。ヘルメットも無いなら、貸すわ」
じつは、履いていた靴も安全靴ではない。なんとかなるだろう。
「こんな時間から、仕事あるんですね」
「ちょっと、今日人手が足りんでね。助かったわ」
喜ぶべき偶然か、悲しむべき必然か。とにかく、今日も西成で働くのだ。
やがて、事務所のようなところに着き、手配師の男性から車のトランクに入っていた新品の皮手袋を渡される。新品だ!得した!と喜んでいる間もなく事務所の中へ。
「ひとり!連れてきたでー!」
連れてこられたでー。
簡単にペラ一の書類を書かされている途中に、手配師の方が僕の靴を触った。
「これ、安全靴?」
「ああ、大丈夫です!先っぽには鉄板入ってますから!」
まったく、安全靴ではない。この大嘘が大怪我につながることもあるのかも知れない。次回は絶対に履いてきます!
この次回がないかも知れない。取り返しのつかないことになる場合もあるのだろう。
今、振り返って思うのだった。
「それじゃ、飯もらって!これ、ヘルメットな」
メットを受け取り、事務所内にある食堂スペースで、弁当を詰めてもらった。
食事付きだ!得した!と喜んでいる間もなく、待合いスペースに連れて行かれる。
これは、朝食扱いなのか?昼飯としてもらったのか?今、食うべきなのか?と、悩みながら待つ。惣菜は冷えているが、白米は温かい。今、食う時間あるのかな?
事務所内には、呼び出しを待っている他の方が数人。誰も弁当を食っていないので、食べる勇気が出ない。やっぱり、野菜が不足するなぁ、と弁当に入っているラインナップを眺めていると名前を呼ばれた。慌てて、弁当をリュックに詰め込む。縦に入れた。大丈夫だろうか。汁もんはなかったから大丈夫だろう、多分。
「それじゃ、この人と一緒に行って!」
事務所に着いてから、わずかに20分ほど。
待ち時間がやたら長いのもツラいが、こうサクサク進むと不安も増す。またも、働く場所も、内容も、給料額もわかっていない。こんなスピード感と情報不足で挑む仕事ってあります?
パートナーと電車で移動する
「よろしくお願いします」
先輩の男性は60代後半か、厚手のパーカーに、ディッキーズのキャップ、細身のジーンズ。靴は泥と土で汚れている。膨らんだトートバッグに装備が詰まっているのだろう。
東映ピラニア軍団の、野口貴史に似ている。結局、最後まで名前がわからなかったので、以降野口さんとします。
正直、名乗ったり、挨拶を交わすことは必要ない。むしろ、邪魔。
誰もがその日会って、数時間後には、ただ別れて行くのだ。
「ほなら、電車で行くわな」
「場所どこですか?」
「〇〇の方やね。乗り換えて行くわ。絶対8時に間に合わんけどな(笑)」
「間に合わんでも大丈夫なんですか?」
「知らん。この時間に出たら、そうなるわな(笑)」
駅では、野口さんが2枚切符を買い、領収書を発行し袋にしまい、コチラに1枚切符を渡してくれる。
野口さんは無駄に歩かない。ホームの端で電車を待つ。
「人手が足りない日だったんですか?」
「わからん。俺は6時から待っとったんやけど、全然呼ばれんから。寝とったわ」
「土曜でも仕事はあるもんですか?」
「まあ、今日はあった。ということやな」
「日曜はないですか?」
「日曜は仕事せんやろ。普通」
野口さんは言葉少なであった。
席が空いているのに、座らず乗降口のそばに立ち、車窓を眺めている目は澄んでいた。
野口さんは、ちゃんと僕が付いてきているかどうか、時折確認しながら一度乗り換えをし、40分ほどかけて〇〇駅に着く。
「一回、若い子やったけど。現場に着く前にどっか行ってもうてな。もう、知らんって。勝手に消えたんやわ」
「働く前にイヤになったんでしょうね」
「知らんけど、迷惑な話や」
僕も、逃げ出したかったんだけど、本当はね。
もしかしたら、野口さんは逃げ出さぬように、会話で先手を打っていたのかも知れない。
現場近くの駅に着くと、野口さんは駅のトイレに寄り、改札を出るとコンビニで、コーヒーと菓子パン、スポーツ新聞を買った。
「今日の仕事、何するんですか?」
「まあ、ゴミ出しちゃうか?」
「ゴミ出し」か。なんのゴミなのかは、まだわからない。
古い家屋の、現場に着く
人気の少ない、商店街を抜けて行く。
「寒いなぁ。西成よりだいぶ寒いわ」
野口さんは、歩きタバコで鼻水をすする。ケータイを持っていないようで、しかも地図を一度も見ずに、時折、商店街の脇道を確認しながら進んでいく。
「この人、現場の場所、わかってんのかなぁ」と不安になった頃、
「ああ、あれやな。まだ、来てないわ」
取り壊しの途中のような、壁をブルーシートで覆われた古い家屋。今日の現場はここだ。
1階部はキレイに片付けられており、もぬけの殻。むき出しの畳。畳の日焼け跡を見るに、家財道具はすでに運び出されたあとのようだ。
野口さんは、ズンズンと土足で上がっていき、スポーツ新聞を広げだす。
「待ち、ですか?」
「んん、まだ来てないから」
「これを壊すんですか?」
「いや、片付けやろ。多分、2階はまだやろうから」
すっかり落ち着いた野口さんを残して、狭い木製の階段を登ると、2階部にはまだタンスや机、台所の食器棚にもそのまま生活の跡が残っている。
3階もある。
3階は寝室になっていたようで、ベッドとテレビ、タンス。ベッドは介護ベッドのようで、マットレスに猫のもののような毛が大量に付いている。タンスの引き出しにも、物が詰まっている。ベランダが二面あり、物置や洗濯置場になっていたようだ。
これを全部片付けるのか!大量!大漁!!
「3階もありますね。凄い量ですよ」
「そうなん?まあ、やるしかないわな」
やがて、一台のトラックがやって来た。
70代くらいの作業着姿の棟梁が車から降りてくる、
「なんや、遅かったな。人おらんかったんか?」
「そうみたいです。僕は、7時ごろ拾われたんで」
「そうか、じゃコレ書いて!」
野口さんと僕は、棟梁が渡してきた書類にサインし、仕事開始!
時刻は、9時近かった。
「今日で全部ゴミ出さなアカンからな。頼むで。まず、タンスとか机とか木のヤツ全部降ろして」
玄関の引き戸を外し、準備万端。
物で溢れた2階から開始である。
「俺は、ユンボとってくるから。どんどん下に下ろしてやー」
狭い階段に苦労しまくる
古い家屋のため、階段の幅は100cmほどしかない。
その幅ギリギリを攻めながら、タンスや椅子を下ろしていく。
階段で大物を下ろすときには、下になる方が危険だ。上に居る持ち手が手を離せば、下手に居る人間はタンスの急降下で潰されてしまう。
もちろん、野口さんが上。
僕は下。
どうやら、家財道具以下、家内は全て片付けねばならないが、家屋自体は壊してはならないらしく、家が壊れること前提でタンスや食器を放り投げるわけにはいかない。慎重に運び出す必要があるのだ。
階段を滑らすように大きなタンスを1階に運ぶ。階段の下側を担当する僕は、胸や顔でタンスが滑り落ちるのを抑えつつ、力を加減しながら下におろす。
怖いわー。疲れるわー。
トラックの荷台にタンスや机を載せると、棟梁がユンボを操作して、潰して嵩を減らしていく。こうしてトラックの荷台を家財道具でパンパンにするまで運び続ける。
ホコリが凄く、マスクをしていたいけれど、呼吸が苦しくなり、結局塵も埃も吸い続けながらの作業。
大物が終わったら、タンスの引き出しや椅子、神棚など木製のものをどんどんトラックに投げ入れる。
当然、2階と3階から、1階そしてトラックの間をひたすら往復することになる。
野口さんは、バールで中途半端な大きさの家具を破壊する役割を担ったので、必然、僕が何度もその往復を繰り返すことになる。
すっかり、汗だく。
「おお、汗かいとんかい(笑)こない寒いのに」棟梁に笑われる。
そう、もう汗だくだく。
膝も笑ってきた。笑われて、笑って、感情大爆発である。
いつの間にか、10時半を回っていたようだ。棟梁に冷たい缶コーヒーを奢ってもらい、休憩。
「〇〇ちゃん!今日は、息子がよう働いてくれてラクやな(笑)」野口さんに棟梁が話しかけている。
「いくつや?」
「46です」
「息子とは言えんか。その年でドカタも辛いなぁ(笑)」
まったくもって、ツラいです。肩で息をしながら缶コーヒーをすする。
棟梁も、野口さんも涼しい顔をしている。
この現場で汗だくなのは、僕だけ。バカみたいだ。汗で濡れた服が寒風にさらされて冷えてくる。なんとか、日なたを探して座り込む。しかし、1月の寒空には変わりない。
休憩する場所もない現場。冬の現場は、ただただ寒い。
「それじゃ、一回荷物捨ててくるから。戻ってくる前に、冷蔵庫とか電気関係全部下ろしといて」
棟梁はトラックで去って行った。
そうだ!冷蔵庫とか、どうすんだ!
あの3ドア冷蔵庫。タンスより数倍むずかしそう。
休憩後の「冷蔵庫とのバトル」は、次回に持ち越します。
もう、しんどいです。