西成労働日記・一日目①
2020年12月26日、土曜日。
いよいよの西成労働デビューをもくろんだ僕は、朝4時にスマホのアラームをセットしておいた。
どうやら、日雇いの仕事を得るには、あいりん地区あちこちの道路に泊まっているワゴン車やバンを見つけ、その周囲にいる「手配師」と呼ばれる人に声をかけられる必要があるようだ。
その時刻がなんと早朝4時~6時。
なんたる早起き!西成の夜が早い原因は、西成の朝の早さにある。
前日の宿「緑風荘」で4時にアラームが鳴った。
確かに鳴った。偉いぞ、スマホ。
ただ、二度寝してしまった。2時頃まで眠れずにウダウダしていたから、寝た気がしない。アラームリセット。30分後。
もうこの時点で
「今日はいいかな。寝てようかなぁ」
というふらちな考えが首をもたげてくる。
4時半ふたたびアラームが鳴る。でも、やるんだよ。洗面場に行き、顔を洗い、歯みがき。
まだ暗い宿の廊下を、カバンを下げた先輩たちが、作業着姿で出発していく。
ちなみに僕は、作業着ではない。オレンジ色の上着。ビビットないでたち。汚れてもいい服装ではあるが、完全に浮いている。安全靴でもないし。手袋だけは用意している。
前日の準備
なにを用意していけば良いのか、わからなかった。
オレンジのアノラックはアウトドア対応の頑丈なモノ。チノパンもヘビーデューティ。防水ではあるが、鉄板など入っていないスニーカー。手袋は、以前引越し作業で使ったモノを用意。財布もいつものカードが大量に収納してあるモノをやめ、3000円と交通系カード、「臓器提供意思表示カード」だけを入れる。死んだら、誰かの役にたちたい。
きっと、身分証など要らないはずだ。
ザックをコインロッカーに預けておくことも考えたが、無駄な出費はダメだ。
昨日使ったフライパンも持って帰らねばならんし。
まったく声をかけられない
宿を出たのは5時少し前。
車や手配師らしき人の姿はチラホラ見かけるが、一切声をかけられない。ビビットなカラーが浮いてんのか。
困った。(ホントは困ってない)
これじゃ、働けないじゃないか!(働きたくない)
()内が本音である。やっぱり、作業着バッチシで来ないとダメかも知れない。
今日はあきらめて帰ろうか、残念!(早く帰ろう、最高!)
すっかり帰宅して、朝風呂モード。
しかし、来るべき次回に備えて情報ぐらいはつかんでおかねばならない。
こっちから声をかける
停まっているバンの横で、ファイルみたいな冊子を持って立っている40代くらいの人に声をかける。
「今日は、日雇いありますか?」
「ああ、ないねん!コレは決まっとる人待っとるだけやから。もう5時やから現金は出払ったんちゃうかな?」
「現金」
パワーワードが飛び出した。
西成での労働は「現金」と「飯場」に分かれるという。
その日だけの日雇い労働は「現金」と呼ばれ、10日あるいはひと月など、ある程度の期間同じ現場で働き、宿舎やご飯が用意される労働形態は「飯場」。
一応、年内は29日まで昼の仕事がある。いきなり、遠方の飯場に連れていかれ何日もぶっ続けで働く訳にはいかない。なにより、そんな覚悟ができてない!シベリア強制労働みたいな絵が頭をよぎるまくる。
そして、5時では遅いという。
何時に寝ればいいんだろう。これまで泊まった西成安宿が、おおむね21時を過ぎると静まり返っているのも納得。
続いて、手配師っぽくはないが小道の真ん中でたたずんでいるオッチャンに尋ねてみる。
「今日はもう現金はないですかね?」
「そうやな、もう遅いわ。4時ころいくつかあったで!」
「そうなんですね」
「そこの角にバンが、三菱かなマツダかな?今年は29日まで来るって言っとったで。また、おいで!」
さっそく覚えたパワーワードをサラッと使うあたり、自分で自分を褒めてあげたい。
テナントっぽい場所でも聞いてみよう。
待合所ぽくなっており、表には求人票のような貼り紙が貼られた場所に灯りがついて、中ではオッチャン2人が話しこんでいる。路註の車ではなくて、こういう場所でも仕事がもらえそうに見える。
「すみません。コチラで日雇いとか募集してますか?」
「いや、ないわー。今日、働きたいん?」
「ええ、まあ(働きたくない!)」
「だいたいもう現金は終わったと思うけどねぇ。もう、ほら年末やし。もう少し回ってみられたら?」
「やっぱり、4時に来とかなイカンのですね」
「だいたいそれくらいかなぁ」
「わかりました!ありがとーう(本当にありがとー)」
「頑張りやー」
これは、もう終了と言っていいでしょう。
せっかくなので朝早く開いている喫茶店なぞで、西成モーニングでも決めよかな?そんなウキウキ気分。残念でした。
西成のオッチャンたちは、みなフランクで優しい。
あきらかな新参者の僕に対しても優しかった。その気持ちだけ持って今日は帰ろう。
最後にひと声かけてみる
一旦、コンビニに行ってホットスナックでも食べたい。
歩き始めると、またバンが停まっている。そばには手配師とおぼしき40代くらいの黒ずくめの男性がおり、なにか声を発している。「仕事あるよ」と聞こえないこともない。やる気なさげ。
まっすぐ行けば、その手配師。
左に入ればあたたかいコンビニ。からあげクン。
なんの使命感か。僕は直進した。
「現金ありますか?」
一瞬いぶかしげに僕の風体を確かめた手配師は、
「はい。大丈夫よ。名前は?」
と答えた。
からあげクンよ!さようなら!
はじめての西成労働。「現金」仕事を見つけた。