西成労働日記・一日目②
前回からのつづきです。
働きたい!
と
働きたくない!
の間を右往左往しながら、ついに朝5時半ごろに「現金」仕事を見つけました。
普段着で挑む
手配師の男性に、
「手袋しか持ってないんですけど、大丈夫ですか?」
とたずねてみる。
「ああ、それは安全靴?」
「そうです!(じつは違います!)」
「ヘルメットは?」
「持ってないです」
「うんうん、大丈夫ですよ。乗って待っとって」
そばに停めてあるバンのスライドドアを開ける。
先客が4人。暗くてよく表情までは見えない。
「おはようございます」と声を発すると。1人の方だけ「ございます!」と返してくれる。奥の席に座ってじっと待つ。
そういえば、現場がどこなのか?もらえる「現金」がいくらなのか?
一切、聞いていない。ただ名字を名乗り、車に乗っている。
「今日、5時までですかね?」
「そうやろ。わからんけどなぁ。年末じゃなかったら、こんな仕事やらんのやけどなぁ」
唯一、僕の挨拶に返事をしてくれた方は30代半ばくらいか。彼が、前方に座っているベテラン勢にたずねている。年齢的には、僕と30代の彼以外は60歳を過ぎているように見える。
「こんな仕事」という言葉がひっかかり一気に不安が押し寄せる。
ザ後悔。もう、帰っておきゃ良かったなぁ。
「こんな仕事」って「どんな仕事」なんだろうか?
窓の外では、手配師の男性が二つ折りの携帯電話でしきりに連絡を取っている。作業着姿、ヘルメット完備の2人組が手配師に近付くが、腕でバツ印をつくられ追い返されている。
電話を終えた手配師が運転席に座り、バンが走り出した。
事務所みたいなとこに着く
ひとつ、お断りなのですが、「西成で働く」に関して画像は全然ないです。
いろいろと差し障りがあるだろうし、シャッター音たてるわけにもいかないし。
文字ばっかで、すみません。
まだ薄暗い道を走る車。
どこに連れていかれるのか、わからないという不安。
なにをさせられるのか、わからないという恐怖。
圧倒的な後悔。
ものの10分ほどで停車。
みな無言で降車するので、あとに続きます。
入り口のビニールシートをくぐると、石油ストーブを囲むようにソファが置かれている。テーブルには灰皿とスポーツ新聞。
ソファの背後に、数人が腰かけられる数のパイプ椅子。
コンクリ敷きのスペースの奥には、木造りの棚があり、正方形のマスの中に長靴や工具が納められ、それぞれのマスには名前が貼られている。
簡易トイレも見える。せいぜい8畳ほどのスペース。
バンから降りたオッチャンたちは、ソファにどっかと腰を下ろしタバコに火を点けている。僕は、パイプ椅子にしておく。
コンクリ敷きのスペースから、一段上がった位置に事務所らしき空間があり、その入り口からはなかに置いてある大きな液晶画面。朝のニュース番組が流れている。
と、事務所から上役らしき人物が顔を出し
「おはよう!」
と声をかけてくる。しかし、返事をしたのは僕と30代の男性のみ。ほかのオッチャンたちは眠ったり、新聞の競馬情報に夢中。
まだ、時刻は6時を少し回ったところ。
待ち。待つ。待つだけ。
やがて、人の出入りが多くなってきた。
僕たち日雇いのように見える人もいれば、社員のように見える人もいる。すぐに、待合所は一杯になった。
みな競馬の話や麻雀で勝った負けた、というたぐいの話ばかりしている。
すると、車内でさきほど
「年末じゃなかったら、こんな仕事やらんのやけどなぁ」
と話していたオッチャンが
「今日なにするんやろ?」
と言った。知らんのかい!
そう、知らないわけである。西成の路上で拾われた僕たちは、この場所でアチコチの現場へ割り振られていく。
手ぶらでいけた
僕を拾ってくれた手配師の男性が、「コレ!」とヘルメットを渡してくれる。
明るい蛍光灯の下で見ると、なかなか目鼻立ちの整った色男である。
「足、何センチ?」
と聞かれ、長靴を用意してくれるのだが、試し履きするモノすべてことごとく小さい。
「OK。じゃあ、長靴要らんとこ行ってもらうわな。もうちょっと待っとって」
濡れないとこだ!乾燥が一番!履いてるのは、ただのスニーカーだけども。
待つ。わたし待つわ。ただ待つ。
突然、手配師の男性が7時近くにやってきた70代の男性を指さして、
「あの人の車に乗って!仕事終わったら、あの人に金もろてな」
と教えてくれる。行くか―。行くのかー。行きます。
事務所の大型テレビでは、星座占いが流れている。僕の星座の今日の運勢は、
“周りから良い刺激をもらえそう”
となっておりました。確かに刺激いっぱい。もう吐きそう。
現場に着く
二度目の移動。
車には4人乗車。運転席と助手席には、高齢のベテラン。
後部座席で待っていると、東南アジア系の男の子が乗ってきた。明らかに20代前半。
「よろしくお願いします」
「ほな、行こかー」
異常に荒い運転で大阪の朝焼けを切り裂いていく車。ワイルドスピード。
前の2人は終始、この会社の文句を垂れ、隣の東南アジアの彼はイヤホンをしてYouTubeを見ている。
途中、コンビニに寄る。
「朝めしや。買い出しや」
なにか食っておいた方がいいとは思ったのだが、食欲はない。2時間前はあんなに、からあげクンが食べたかったのに。不思議だわ。
「現場は近いんですか?」
「もうすぐ、ソコよ」
ようやく現場の場所判明。
大阪のド真ん中だった。ラッキーなのかな。
マンションの建設現場の向かいにある立体駐車場に車が止められる。
時刻は7時20分。
車中で食事が始まる。おそらく始業は8時なんだろう。
待ち。待つ。Wait&See ~リスク~。
もう、覚悟はできた。押忍押忍!
と腹を決めたら、一気に眠気が、30分以上寝てしまった。
助手席のオッチャンに肩を揺らされて、
「行こか。仕事や」
とうながされる。ヘルメットを装着し、手袋をはめる。
長い1日はまだまだ終わらない。
3時間待って、いよいよ仕事開始です。