西成ホテル探訪・十八日目
寒い。寒い寒い。
今夜の大阪地方は、氷点下になるようだ。「氷点」といえば、凍ってしまう温度な訳なので、凍ってしまうほど寒いわけなので、寒いに違いないわけなので、寒さのあまり無駄な同語反復を繰り返してしまうほどのあり様。
ちなみに日本テレビの長寿大喜利番組「笑点」は、当時ベストセラーだった三浦綾子の小説のパロディとして名付けられたらしい。氷点下は極寒のイメージ。笑点下、もまた極寒のイメージがする。寒さは人を切ない気持ちにさせる。
今夜も一軒目の宿には断られてしまった。
「ホテル太子」は満室。
玄関先には、正月の名残り。
「大阪簡易宿泊所生活衛生同業組合」とある。
「ホテル」や「旅館」ではなく、「簡易宿泊所」という扱いなのだな。
「ホテル 太子」こと「簡易宿泊所 太子」には、また来ます!さようなら。
あいりん地区のメインストリートにもどり、いかにもまっとうな、スタンダード感のある安宿の門を叩く。
「ホテル アイワ」
一般的な3500円くらい取りそうな外観、雰囲気。しかし、看板には1400円と。
コチラもまた、泊まってみたくなるドヤである。思い出せないが、なんかのパロディである。
受付にはうら若き女性が!
入って左手にある受付には、黒のスーツにまっさらな開襟白シャツ、使い捨てではないグレーのマスクを装着した見たところ20代後半の女性が!
このパターンは珍しい。
受付にいるのはたいてい、安宿経営ウン十年という香りがする方ばかり。
「今夜一泊できますか?」
「はい。大丈夫ですが…」
なにやら、眉をしかめて言い出しにくそうに話しかけてくる。
「このあたりで宿泊されたことありますか?」
ここは、大嘘をこきたい!
「いえ、ないです」
わりとナチュラルな演技ができた自信があります。
「そうですか。このあたりのホテルって、安いは安いんですけど、三畳しかなくて、冷蔵庫も無くて、お部屋にはシャワーもトイレも付いてないんですけど。大丈夫ですか?」
ありがとう!知ってます!知ってて訪ねています!
でも、ここはもう一回大嘘こきます。
「ええ!そうなんですか!だから、安いのかー」
「だから」のあたりで声を裏返してみたことでかえって、しらじらしい芝居になってしまいました。スタニスラフスキーシステムからやり直す必要がある。
「大丈夫です!」
「わかりました。すぐにお部屋ご用意しますね」
たいがいの安宿の受付スペースといえば、今は少なくなったタバコ屋の店先みたいな生活感が滲んでいるものだが、うら若き女性の座るその場所はSOHOみたいなオフィス感が漂っている。
「1400円です。それと、これもちょっと変わっていると思うんですが、カギをお貸しする際にデポジットで1000円お預かりしているんですね。よろしいですか?」
ありがとう!知ってます!ちょっと変わってるのに慣れました!
ただ、翌朝の受付業務が7時半からとのことで、一度自宅のマンションに戻る時間を考えるとギリギリなので、辞退。
今日はカギ無しで。
「少し早く出てしまうので、カギ無しでいいです。大丈夫ですかね」
「そうですね。ちゃんと内側からはカギかかりますから。ただ、こういう場所ですから貴重品などお気を付けくださいね」
「こういう場所」で働いているあなたに乾杯したいよ。ありがとう。
その後、シャワー(個室でカギが掛けられる。24時間使用可能)、風呂(22時まで)の説明を受け、領収書にWi-Fiパスワードが記載されていることも聞く。ちなみに、Wi-Fiの効きは大変良かった。
「それから、全室喫煙になってまして、申し訳ないです」
ありがとう!知ってます!僕もダメな喫煙者なんです!
「なにか分からないことがありましたら、私は10時半までコチラにおりますので、何でもおっしゃってください!」
ありがとう!お互い頑張ろう。会社から「こういう場所」のフロントを任されたとしても。
ドヤの面影は小ギレイに
1階の奥には炊事場があり、その手前に大浴場、シャワールーム、自販機などが並んでいる。
部屋に向かう前に、5階までエレベーターであがり階段を下りる。
小ギレイにリノベーションされてはいるが、部屋の並びは他の西成安宿と同じ。1400円で共用スペースにも清潔さを感じられるなら、高くはないだろう。
エレベーターの内部は、大阪ストラットであった。
確かにこの宿なら、観光客もそんなに抵抗ないのではないか。
部屋は通常のドヤ感
さて、2階に戻って今日の寝ぐら「225」へ。
デデーン!
どんなに器を小ギレイに整えても、中身は西成安宿そのものである。あなたは、私の青春そのもの。
ただ、壁にヤニ汚れはないし、布団カバーが地中海を思わせるクラインブルー。
そして、受付のお嬢さんの言うとおりシンプル極まりない。シンプルイズベストだ!と快哉を叫びたくはならないが。
この感じでも、西成ドヤ初心者の方であれば一気に気持ちがドヨーンと落ちてしまうのではないか、と思う。それゆえ、受付の女性はあんなに懇切丁寧に説明してくれたんだろう。
シンプルさが極まっていたのは、コンセントの数にも及んでいて、まさかの一口。
使用するためには、テレビのコードを抜くしかない。これはもう抜くしかないね。延長コード必須です。
畳も布団、カバーも小ギレイなのだが、布団のペラペラ具合がすごい。薄焼きせんべい。これは、暖房前提の仕様なのだろう。空調はキッチリ効いた。
そして、かつてないほど隣人の声や、テレビの音が聞こえる。
じつは、この西成安宿探訪を始める前は、タコ部屋での隣の物音が気になるだろう、と予測していたのだが、実際はそうでもない。21時を過ぎると静まり返る宿がほとんどだし、うすーくイビキが聞こえることがあるくらいだった。
ただ、「ホテル アイワ」の壁はそうとうペラい。
隣のオッサンの「うーん」みたいな吐息まで丸聞こえだった。イヤホンして寝りゃいいけど。『壁のなかに誰かがいる』雰囲気は十分に味わえます。
そして、窓をキッチリ閉めても、すき間風がけっこう吹いた。誕生日ケーキなみに、吹きつけられた。暖房と相殺して、わずかに暖気が勝っていたが、薄焼きせんべい布団では心もとなかった。
ドアスコープもあった。
共同住宅という感じ。
各階の、トイレや洗面も小ギレイ。
いつも、地下鉄の駅構内にある公衆便所で用を足してから、西成安宿に向かうのが僕のルーティンなのだが、ここは公衆便所以上。思いっきり放尿しましょう。
酔っぱらって、道端で寝たら凍死する
学生時代、東京池袋周辺の公衆トイレを巡回清掃するバイトをやっていたことがある。
ちょうどその頃に、『モンティ・パイソン』を観ていたら、結婚の承諾をもらいに彼女の父親に挨拶に行く、というスケッチがあって、そのコントの肝は彼氏役のマイケル・ペイリンの職業が「トイレ掃除」だというものだった。「職業に貴賎なし」とか意識の高いことは当時思わず、「そりゃ、トイレ掃除じゃ結婚できないわな」と感慨深くなってしまい、ちょっとモンティ・パイソンが嫌いになった。
僕は経験しなかったが、同僚のオヤジさんはトイレ巡回の途中、寒い冬の朝、公衆トイレの個室で凍死してしまっているホームレスを発見したそうだ。
死体はとてつもなく重たかったと聞いた。
ホームレスの人たちにとっては、冬は受難の季節だろう。もしかすると、西成安宿もこの季節は満室率が高いのかも知れない。
なので、絶対に酔っぱらって道端に寝たりしたらダメだ。
それは、ここ西成でも同じ。
気をつけて欲しい。
と、夜メシを買いに外に出て、こんな光景を見て思ったのだ。
死なないでね。
ホテル アイワ
宿代:¥1400
三畳/コンセント1口/トイレ共同/シャワー共同(施錠・24H)/布団(せんべい)/鍵(保証金1000円)/内鍵/喫煙/灰皿/お盆/一泊OK/門限無し/ハンガー/フック/電気ポット共同/電子レンジ共同/テレビ(地上波のみ)/カーテン/個別空調/ゴミ箱/窓/コインランドリー/風呂(22時まで)/Wi-Fi/エレベーター/コロナ対策/自販機/カベ薄め/受付(22時半まで)/こういう場所に若き女性スタッフ
清潔度 ★★★★
フロント★★★★
サービス★★
価格 ★★
総合 ★★★
食費
ヤマザキ・大きなオムそば 138円
チェリオ・ライフガードプロスタッフ 30円
バナナカステラ 106円
西成に落とした金額
計:1674円