大阪市西成区岸里に「あの手描き看板」を産み出し続ける工房はある。いまや絶滅危惧種といってもよいであろう、
映画館の手描き看板
新世界国際劇場にて毎週、新作が披露されている、その創作現場におじゃましてきました。
八條工房
突然の来訪にも関わらず、奥様が快く工房内へ。
工房の二階、過去の作品が揃い踏みする空間で、八条さんが描いたジャン・レノやスタローンに囲まれながら、お話を伺うことができました。
ー 国際劇場でかかる映画はアクションものが多いですけど、描きやすい顔ってありますか?
「やっぱりな、大人しーいシャシンより動きのあるような表情の方が絵になるわな。アクション映画の主人公の顔に傷があるような外国映画。彫りが深いし、描きやすいね」
ー ニコラス・ケイジとか多いんじゃないですか?
「ああ、ニコラス・ケイジは多い、多い」
ー 本当は、あの辺の昔の映画の方が好きですか?
「そら、昔の映画の方が。なあ」
投影器から、プロジェクターへ
現在は、プロジェクターを用いてキャンバスに原稿を写し出して描いているそうだが、昔使っていたという投影器も置かれていた。
八条さんのお父さんの時代に活躍したそうだ。
「上のガラスにB5くらいの原稿をペタッと置いてな。機械の位置とレンズを動かして調整して。でも、もう古いから電気の玉がないねん。しかも、暗室にせないかん。真っ暗に。プロジェクターなら、(明るくても)ある程度映るけど、これは暗室にせな使われへん」
親父さんから受け継いだ仕事
「親父が黒門市場にあった映画館で看板描いてたからね、ちっちゃい頃から通ってた。昔はロードショー館に手描き看板いっぱいあったからね。梅田にも道頓堀にもな」
ー お父さんの仕事ぶりを見て、祥治さんも描きたいと思われたんですか?
「そらもう、やりたいやなしに、父親が独立して。継がな、食うて行かれへん家族。最初はこの場所やなしに、家の裏のガレージで描いとったんよ。あの頃は、その投影器使っとったかなぁ。今、僕が64歳。親父が独立してから手伝っとったから、この仕事始めてもう40年過ぎたかな」
ー お父さんと絵のタッチは一緒ですか?
「こんなん…全然ちゃうな(笑)」
ー 祥治さんの方が上手い?
「ちゃうちゃう、逆や(笑)。なかなかやっぱり親父は達者やと思うな、息子が言うのもなんやけど上手いな、と思うよ。尊敬してます、そこに関しては(笑)」
一階にあった『ジャッキー・ブラウン』はお父さんの描かれたもの。
ー 後継者とかいるんですか?
「いてません。(希望者は)いてますねんで。若い女の人でもな“好きです。こんなんしたいです”言うてな、でもお断りしてんねんけどな。そんなん自分食べるだけでも大変やのに(笑)。(弟子は)考えてません」
ー 八条さんの代で終わりですか
「そうですねん」
ー お子さんは?
「子どもも、絵描いたり、字書いたりするんは好きですよ、ちょっと描かせると、オッと思うようなの描きますね。でも、昔はスケッチブック買い与えたりしたけど、全然描けへんな(笑)」
ー この仕事は飽きることはないですか?
「そんなん言うてられへん、食べていかないかん(笑)。生業です。そやけどな、最初原稿見て、コレは…って苦労する時もカッコついてきたらホッとするし、楽しく感じる時もありますよ。(国際劇場の看板については)1週間に1回描くのはホンマ大変。スケジュール的には厳しい、厳しい」
ー でも国際劇場の看板が八条さんの名刺代わりになってるとこありますもんね
「そうですねん。大変な分ね、いろいろテレビとか新聞に出してもうてね。親からずっとやってるから、生業やから、頑張ってやってますねん」
手描きの宿命「誰やコレ!」を超越する味わい
ー ちょっと失礼な質問ですけど、「似てないことを笑われる」みたいなことあるじゃないですか?
「そう、昔は特にあったわな。その辺なぁ。これ原稿がな、全然似てない顔ってあるやん? スチール一枚切り取ると全然本人らしないのってあるんですよ。“あれ、コレ主役誰や!”いうのあるんですよ。そういう時、一番ツラいな。一生懸命描いてても、やっぱり言われるもんな“これ誰や”ってな。でも、そういう拾われ方いうんは、この業界昔からあったんちゃうかな。そら、こんだけ人おったら色んなこと言う人おる。しょうがない。自分は一生懸命描かせてもろてる、それだけの話」
あの映画を八条さんに描いて欲しい!
映画看板だけでなく、描く仕事をさまざまにされている八条さん。
個人の熱狂的に好きな映画を自主上映する際に、看板を頼まれることもある。
一例として、工藤栄一監督『野獣刑事』の看板を請け負った時の話を聞かせてくれた。
検索すると、twitterで画像発見。
2月27日(土)と28日(日)、新世界国際劇場の手描き看板を現役で毎週描かれている八條工房さんに今回の上映の為に作成頂いた「野獣刑事」の看板をバースペースで展示しています!#シネマノヴェチェント https://t.co/3S3NuStqgU
— シネマノヴェチェント・インフォメーション (@cinema1900) 2021年2月26日
自身が常連だったお店への愛情を、八条さんの手描き絵の魅力で表現するお客さんもいるそうだ。
「通い詰めた中華料理店の大将が辞めはると。川谷拓三に似てたんやて。そんで大将を入れて、惹句も入れてもうてな。すごい熱心な人でな、ご自分で映画みたいに配役とか考えてはってな。ポスターみたく描かせてもろたんよ。長いこと待ってもろたけど、喜んでくれてたらええねんけどな」
手描き看板の持つ味わいは、写真のリアリズムでは表現できない対象への愛着を感じさせてくれる。
「味わい」という言葉は少し安っぽいかも知れない。
八条さんの筆というフィルターを通すことで、映画への想像力は膨らみ、時には個人の想いを増幅させた作品が描き上がる。
こんなにリアルで精緻な画像が満ちあふれた世界だからこそ、手描かれることで産まれる「揺れ」を楽しみたい。
そんな八条さんの新作が毎週拝め、翌週には儚く消えていく「新世界国際劇場」は(色々あるけど)映画を何倍も楽しめる場所。(色々あるかも知れんけど)
八条さんの絵たち
相変わらず何も考えていないので、アポなしで突然お訪ねしたのに、貴重な機会をくださった八条さん、奥さま(冷たいお茶、ごちそうさまでした!)ありがとうございました。
八条さんは、ときに豪快に笑い、ずっとフランクに接してくださいました。とくに、国際劇場前では名刺も渡していない(名刺持ってない!)のに、名前を覚えていてくださったことに驚き、感動しました。
もう、すぐに感動してむせび泣くオッサンなので。
今回はちゃんとテレコ回して、文字起こししてから書きました(当たり前)。
次は、実際の作業の様子も見せてくださるかも。
最後に八条さんに「生涯ベストの映画」を聞いたら、
「コレからやな!」
と答えてくれました。
まだまだ、手描き看板に誇りをもって取り組まれていく八条さんのコレからを楽しませてもらいます!