西成労働日記・一日目③
前回からのつづきです。
時刻は8:00。
今日の「現金」現場である、マンションの建設現場まで大通りを横切って歩く。
すでに、作業服姿の職人さんや鳶の方が大勢せわしなく動いている。
<登場人物>
本日、いっしょに働く仲間。
70代・銀縁メガネ・村山富市似=Tさん
60代・腰痛持ち・麿赤兒似=Kさん
20代・アジア系・カタコト=Sさん
30代・現場監督
建築、電気、左官などの皆さん
現場の虎柄フェンスのすき間から、コンクリートむき出しの現場に入っていく。
すぐに、灰皿の位置に移動してタバコに火を点けるTさん&Kさん。
圧倒的に所在の無い僕。
無駄に、ヘルメットのアゴ紐を調整してみたり、手袋を何度も外しては付けたり。
「おはよう。Tさん!」
「よう。〇〇ちゃん!(現場監督のことをTさんは親しげに下の名で呼んでいた)」
「アレ?4人もいんの?」
「違う。2人よ。2+2」
「コッチも『土工さん』2人って聞いとったから。ビックリやわー」
そう。我々は「土工」なのだ。
土工(どこう)とは、
土木工事で土を掘ったり、運んだりする基礎的な作業。それに従事する労働者。
なにより、2人で良かったんかい。
2人要らんのんか。
「まあ、ええわ。先に裏のゴミ出ししてくれる?もう業者来とるから積み込んで!」
現場監督に言われ、昨日の作業で出たダンボールや発泡スチロール、土のう袋に入った土、コンクリのカケラ、などを業者の車に積み込んでいく。
ゴミ置場から、車までは3mほどの間隔があるので、軽くバケツリレーすれば効率的だと思うのだが、TさんもKさんもSさんも個人プレーに徹する。好き勝手に運ぶ。
これは、このあとの作業全体を通じて言えることだが、
仕事を早く終えてしまうと損をする。
与えられた作業をテキパキこなしても仕方がない。
Tさんの口癖は「ボチボチやろや」であった。
延々と石を運ぶ
新米土工である僕に与えられたメイン仕事は、
「ハツリの手元」
正しい表記はわからないが、
「はつり」とは、ダダダダダッと工具を使ってコンクリや石でできた壁や土間を削って剥がしていくこと。削られたあるいは割られたコンクリはカケラになって、溜まっていく。そのカケラを取り上げて、ゴミ捨て場まで運んでいく、それが「手もと」。
マンションのエントランス付近に張られたコンクリートが職人によって、ドンドコ剥がされていく。僕たちは、マンションの脇道を30mほど歩き、ゴミ捨て場に行き、ワイヤーケージの中に石のカケラを放り投げていく。行ったり来たり。繰り返し。
「ガラ出し」
という作業も付随する。
「ハツリの手元」によって出されたコンクリや石のカケラは、「ガラ」と呼ばれるゴミに名称を変える。それを運び出す作業は「ガラ出し」にあたる。
「ハツリの手元」と「ガラ出し」のコンビネーションが、僕のメイン作業である。
はつられたそばから、石を剥がしていかないとすぐにカケラが溜まってしまうので、迅速に。
僕とSさんは、チャカチャカ動くのだが、年配のTさん&Kさんはしょっちゅう休む。
「腰痛いわぁ」「ボチボチやろや」
僕はといえば、日頃キーボードを叩いて、口先だけの仕事をしているので、すぐに腕肩腰が痛んできた。バンテリン。
細かいコンクリは砂といっしょに土のう袋に詰め、口を紐で結び、同じゴミ捨て場に運ぶ。Sさんが袋詰めの作業を率先したので、いきおい僕に運搬作業が回ってくる。
行ったり来たり。繰り返し。
ピラミッドもこうやって作られたのかなぁ。大阪城もきっとこうやって、とどうでもいいことを考えながら、ただただ運ぶ。ツラい。
10時休憩
長かった、休憩時間。
TさんとKさんは、流石の年の功で9:45あたりに、「休憩やな、タバコやな」と腹時計で察していく。この腹時計はとても正確。15時の休憩も、17時の終業もほぼキッチリ15分前には「終わりー」と宣言していた。さすが!
Tさんがコーヒーを奢ってくれる。
近くの自販機まで、東南アジア系の若者Sさんと買いに行く。
「Sさんは、お国はどこですか?」
「ああ、ベトナムね」
「この仕事長いんですか?」
「んんー、1年前から?」
もう少し突っ込んだ話もしてみたかったのだが、Sさんはそんなに日本語を解さない。仕方のない話だ。どうして、ベトナムから来て、土工をやっているのか?気になることはあったけれど、それ以上話は続かない。
Tさんは、微糖のコーヒーを所望されたので、漢字を解さないSさんに“微糖”と書かれたコーヒーを教えてあげる。国際交流。
「あれ、Sさんはいらないの?」
「コーヒー飲めない」
「コーヒーじゃなくても、なんでもいいんじゃない?」
「うん。いらないよ」
「ベトナムはコーヒーがフェイマスですよね?」
「ああ、でも僕キライ。ベトナムでは、カフェとコーヒーはいっしょね。カフェならね」
「お、そうなんですね」
後半はほとんど意味がわからぬまま、喋っていた。申し訳ない。
ベテランのSさんとKさんが、しょっちゅうサボりたがることはお伝えしたが、Sさんもかなり要領がいい。いつも、少し楽なポジションもキープする。大事なことだ。
もらえる金は同じなんだし。しかし、僕とSさんのコンビネーションはかなり仕上がってきた。頼もしい。
Sさんはときおり、Tさん&Kさんの指示を無視して仕事する。最初は、言葉の壁で伝わっていないのかと思っていたが、よくよく見ていると違う。
「オイ、S!そこもういいよ!」とTさんに言われても、自分のペースでふさわしいと思える仕事をしている。結果的に見ると、Sさんの判断が正しいことが多かった。頼もしかった。
30分のお休みを経て、またひたすら運ぶ。二の腕が震えてきたので、もう腹に石のカケラを押しつけて、全身を懸命に使って運ぶ。
途中、ベニヤ板を持ってきて、歩道の通行者にはつられた石のカケラが当たらないようにベニヤを抑えているだけ、の仕事も回ってきた。
ただ板を持って、街行く人を眺める。見上げた冬空は澄み切っていて高かった。
12時昼休み
現場にはさまざまな人がいた。
現場監督など仕切る人、建築、電気、ハツリ、マンションの上階にエアコンや設備を運ぶ人、大理石を切り出し並べる人。人種も年齢もさまざま。Sさんのようなアジア系、南米や中東の方もいる。
ただ、それぞれの役割はハッキリ分かれているので、喫煙所でもあまり混じり合うことはない。ただ、Tさんは積極的に他の業者の人に話しかけている。昔は、職人として活躍していたようで、建築土木への知識も豊富なようだ。も少し動いて欲しいけど、口だけじゃなく!
基本的にお互いの作業には関わらない。それぞれが、自身の持ち場での作業を淡々と整然とこなしていく。その身の置き方は清々しかった。もちろん、僕土工は腕に覚えなどないので、身体を目一杯使う以外にない。
圧倒的な疲労感で昼飯タイム。
弁当は出なかったので、近くのコンビニに行き、春巻きを二本買う。公園で食す。
土曜の昼下がり。
家族連れが、多くいた。ヘルメットをベンチに置き、春巻き食べました。
いい加減寒いのので、コンビニでトイレを借りたあと、立体駐車場の車に戻ると、他のみんなは絶賛昼寝中であった。
仕事再開
昼からも「ハツリの手元」「ガラ出し」が続く。
土工三昧。
途中、
「今。いま俺は。筋トレしてるんだ!コレは給金が貰えるトレーニングをさせてもらっているんだ!」
と言い聞かせることで、精神の安定を保てた。15分くらいしか持たなかったが。
建設現場というと、「荒くれた男たちの怒号が飛び交う寄せ場な雰囲気」を想像される方も多いのではないか、と思うが、みんな基本ジェントルである。
狭い通路では、道を譲りあい、足元が悪ければ声をかけてくれる。そこには土工だ、職人だ、という線引きはなかった。素晴らしいと感じました。
ただ、ただ、もう腕プルプルっす。
「ああ、間違った!」
ハツリの職人さんは早々に仕事を終え、あまたのコンクリと石のカケラだけが残された。せっせと土のう袋に詰めて運ぶ。
と、Tさんが
「これ、もう終わっちゃうな。こっちもハツろうか?」
と言い出し、現場監督に尋ねている。
結果、新しい仕事が産みだされた。Kさんが慣れた手つきで新しい場所をハツっていく。
「どこまで、ハツるんよ?やらんでもいい仕事やって!なんや!」
と憤り出す。んん、そうでしょう、そうなんでしょう。
「ああ、やってもうた!間違うたわ!新しい基礎んトコも削ってもうた!」
「ああ、マズいんすか(笑)」
「マズいやろ!土かぶせろ!土!」
Tさんへの怒りで手元が狂ってしまったようだ。そして、ハツってはいけない部分を削ってしまったようだ。思わず笑ってしまった。
しっかり、土で覆って隠蔽工作に加わった。共同正犯。
間違いは誰にでもある。黙っとけ!
15時の休憩に14:45に入る。
休憩時間に、TさんやKさんから、名前ひとつ尋ねられない。暗黙のルールなんだろうか。
ただKさんから、
「ようけ、運んでくれた。助かったわ。あと少しや、がんばろ!」
と声をかけてもらう。とても嬉しかった。本当に。
かなり汗もかいているので、身体を休めると汗冷えが始まり、寒さが身に沁みる。
もうボロボロだが、もうヤケクソだが、もうすぐ仕事は終わる。
すみません。一度の日雇い仕事で引っ張りすぎですね。
次回が「西成で働く。1日目」最終回です。